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薔薇の香りに導かれ……。(3)

比良(ひら)……?」  今まで唇を重ねていた紅さんが、ここへきてやっと僕から離れた。  まるで僕を心配するような、そんな声だ。  いったい紅さんは今、どんな顔をしているのだろう。  そう思ったけれど……ダメ。  僕の両目は涙で潤みきっている。  さっきまで、涙はもう涸れたと思ったのに、実際はそうじゃなくって、こうやって(あふ)れてくる。  痛い。  胸が痛い。  紅さんを想うだけで、こんなに胸が苦しくなる。 「比良……比良、泣かないで……。愛おしい、わたしの花嫁……」  紅さんは、今……なんて言ったの?  僕は思わず自分の耳を疑った。  だって、僕は殺されるだけの身の上で、けっしてそんな名称で呼ばれることはない。  それにそれに、僕は男だよ?  花嫁なんて、そんないいものにはなれない。 「比良、どうすれば君の涙は止まるだろう」  悲しそうな声は、僕の真上から降ってくる。  それと同時に、僕の涙で溢れた目尻に唇が落とされた。  ……やめて。  もういい。  紅さんはそうやって僕をただ、弄(もてあそ)んでいるだけなんだ……。  もしかすると、絶望する僕を面白がっているのかもしれない。  ……酷い。  ひどいよ……。  涙なんて止まらない。  あなたを想い続けるかぎり、僕は一生、泣き続けるんだ。  だから……。  だから、ねぇ……。 「……ろ、して」 「比良?」  殺して。  僕を――。  息の根を止めて――。 「殺して。早く殺してよっ!! もう優しくなんかしないで!!」  僕の魂が目的なら、『花嫁』だなんて、そんなこと言わないで!!

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