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第8話.主治医②
『本島……えっと…』
『静です。私は……』
『伯父さんの大野さんですね。私は静くんと話をしたいので黙っていて下さい』
いつでも主導権を握っていた明が口を噤む。
そんな姿を見て静は大型犬がシュンと耳を垂らしているように見えた。
心の中でクスクスと笑っていると医者が自分を見つめてきた。
『静くん、私は地迫拓海といいます。よろしくね。…んー、何か楽しい事でもあった?』
心の中を見透 かされたようで、動揺する。
『……いえ………別に………』
かろうじて聞こえるか聞こえないか位の声で返す。
『そう? あ、初めに言っておくね。言いたくないことは無理に言わなくていいから。話したくなった時に言って、ね?』
何だろう。今までの医者と決定的に何かが違う。そう思うのだが、何が違うのか静にも分からない。
『こうして、話したくなるのを待つのもいいけど、初回でそんな気持ちにはならないかな。静くんの感じだと、そちらの大野さんに無理矢理連れて来られた。違う?』
じっと待たれること、15分。静は一言も声を発さなかった。
発せられた拓海の言葉に、静はコクコクと頷いた。
拓海は立ち上がると、明の前に移動する。
『大野さん、あなたは何故ここに静くんを連れてきたんですか?』
急に自分に問いかけてくる拓海を真っ直ぐに見つめ直すと、明は口を開いた。
『それは………』
『あぁ、ちょっと待った。静くんの過去を聞きたい訳では無いので、あなたが連れてきた理由だけでいいです』
本当に自分の口から言ってもらいたい。そう思っていることが静もヒシヒシと感じられた。
『静の笑顔をまた見たい。それだけですね』
その言葉に拓海は眉を顰 めた。
『腹立たしいですね』
怒ったような声を上げる拓海に静は俯いていた顔を上げる。
『え?』
『それは表面上のこと、ですよね? 私がみた限りでは、静くんは感情豊かな子です。何かきっかけがあればそれが出てくるようになると思います』
困惑する明をよそに拓海は淡々と語る。
一呼吸置いて、それはまだ続いた。
『あなたが何度も笑顔を見たいと言うから、それが出来なくて静くんは悩んでいるのでは?』
思っていても言葉に出来なかったことを口にする拓海に静は驚いていた。
一方明は自分が静を追い込んでいるなんて微塵も思っていなかったから、衝撃を受ける。
本当にそうなのだろうかと静を見る。
『……そういう…ある。……でも、感謝……明さん………悪く……ない………から………』
拓海の言うことが当たっていると、静が認めたことも驚いたが、明は自分の言葉で必死に伝えようとする静に感動を覚える。
『静……。追い詰めてたんだなぁ。俺の気持ち、押し付けてごめん』
素直に謝罪の言葉を伝える明に、静はフルフルと首を横に振った。
『大丈夫』
『もっとちゃんと会話をして下さい。気持ちのすれ違いは事態を悪化させますよ』
拓海の言葉が明と静の2人に突き刺さる。
『では、今日はこの辺で。静くん、またお話ししましょう。あ、別にさっきみたいに無言でも大丈夫だから、心配しないでね』
診察室に入った時のような穏やかな声に、静はコクンと頷いていた。
出会った頃のことを思い出しても、最近の事を思い出しても、いつでも拓海は穏やかに笑っていた。
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