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第10話.気持ちを伝える手段
頭に浮かんだ事を口に出して言う、そんな当たり前の事が静には出来なかった。
『声』が思い通りにならない。
それは静を苛立たせ、思いを口にする事を諦めさせてしまう。
例え頑張って伝えたいと思い、気持ちを『声』に乗せたとしても、消えてしまいそうなくらい小さな『声』は誰の耳にも届かないことが殆どだった。
明に言われて、声帯の検査をした事もある。
その時の結果は【異常なし】
検査を担当した医師からは『心因性のものでしょう』と言われた。
だから静は明に色々な精神科に連れて行かれたのだ。
明は静に"声"と"笑顔"を取り戻して欲しいと、本気で考えていた。
ただ、その事が静を苦しめていることを知ってからは、なるべくその件には触れないようにしていた。
元はと言えば静のことで集まった面々も今は、今日出会ったばかりだと言うのに、それぞれ会話を楽しんでいた。
静はそんなみんなの事を見回すと、自分の居場所を見付けられず俯く。
そんな姿に気が付いた貴也は、話をしていた拓海に
「ちょっとすみません」
と言うと、応接室に置いてある紙とペンを持って静の前に立った。
俯いた視線の先に足が見え、それが自分の前で止まったので顔を上げたら、静の前には貴也が立っていた。
「本島くんは声が上手く出ないだけなんだよね?」
静はよく意味が分からなかったが、コクンと頷いた。
「なら、言いたい事、紙に書いてみたらどうかな? 筆談なら会話も楽しめると思うんだけど」
貴也の提案に静は衝撃を受けた。
静は今の今まで、自分の気持ちを伝えるには『声』を使う以外ないと思っていた。『文字』を使うという発想は微塵 もなかった。
「勿論、全く喋らなくていいっていう事じゃなくて、人数が多い時とか、周りがうるさい時には筆談。それ以外の時は頑張って喋るってしてみたら?」
紙とペンを受け取ると、静はそこにサラサラと何かを書く。
『書くのを待たせるの、悪いです』
静の思考はとことん後ろ向きだった。
「いや? 今の殆ど待ってなかったよ。大体、誰かが話すのを聞いているから会話が成り立つだろ? 聞いている間は結局待ってるから、気にならないんじゃないかな」
ね? と、貴也はニコッと笑った。
『やってみます』
こんなに素直に誰かの言う事を聞いたのはいつ以来だろう。なんて静は考えていた。
筆談でコミュニケーションをとる、きっと色々あるとは思うが、今までよりも自分が言いたい事を言えるようになる、そんな風に静は思っていた。
寮に入った初日から、自分が少しだけ前向きになるなんて静には思いもよらないことだった。
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