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第22話.運命の相手?③
拓海は言うのを止めたことを心で言ってみる。
言ってみて、やはり静が誰かの事を好きになるということが、全く現実味を帯びてこない。
事故があってから、静はずっと両親ではなく自分が死ねばよかったと思っていた。
だから高校も敢えて中学時代の知り合いがいない所を選んだことも拓海は知っていた。
本当なら誰とも関わり合いを持たず、ずっと1人でいようと思っていたはずだった。
でも、誠と敦、もう2人も友達が出来た。
静を取り巻く環境が良い方向に向かっているだろうことは分かる。
それでも何処か不安に感じるのは、静自身が幸せになる事を怖がっているからだ。
以前に感情が表情に表れないことや、喋り方のことで同級生から気味が悪いと拒絶された時も、静は殻にこもったように明とも話をしなくなったと聞いている。
この学校でも、先程の理事長のように酷い言葉を浴びせる人がいたら、殻に閉じこもって出てこなくなってしまうのではないか。
拓海はどんどんと嫌な方向に考えが進んで行くのを止めようと、首を振る。
「拓海さん……?」
静は目を覚ますと、自分の部屋ではないことに少し混乱をする。ベッドを降りてカーテンを開けると、そこには頭を抱えた拓海がいた。
どうかしたのだろうか? 静は拓海のことを呼んでみた。
そうすると、いつもの笑顔で自分のことを見てきたのでホッとした。
「静くん、起きたんだね。さっきまで河上くんも佐々木くんもいたんだよ。あ、鈴もね」
“鈴”と言われ、そこに動揺してしまうが静はそれを悟られないように拓海から視線を外す。
「そう……ですか………」
「静くん、鈴の事で何か僕に言いたいことあるんじゃない?」
相変わらず、自分の考えている事はお見通しなんだな、と静は思った。
「訳が……分かりま…せん。……触ら…れても……全く…嫌……じゃな…かった」
こんなのは初めてだと静は床を見つめて呟く。
拓海は静の頭にポンと手を置くとニッコリと笑った。
「これは単に僕の考えだから気軽に聞いて欲しいんだけど」
そこで言葉を区切ると静は小さく頷く。
「静くんに無条件で触れる人が現れたら、その人が運命の相手なんじゃないかって思っていたんだ」
思ってもなかった言葉に静は目をみはる。
僅かに大きくなった目を見つめながら、拓海は続けた。
「まさかそれが自分の弟だとは思っていなかったけど」
そこまで言うと静は首がもげそうな位の激しさで首を横に振る。
「ありえ……ない………そんな……人…いる……訳が……ない……」
拓海が思っていた通りの答えが返ってくる。
「僕は静くんにも人を好きになる幸せを知って欲しいと思ってる。静くんが明さんに感じているものではなくて、僕が明さんに持っている感情の方ね」
こういう内容の話は今までした事は無かった。静が嫌がる事が分かりきっているから、拓海は敢えてして来なかった。それが、今日に限っては言わずにはいられなかった。
本当ならしない方がいいんじゃないかと思っているのにも関わらずである。
静は喋る事が辛いのか紙とペンを出す。
『そんな事は知らなくていい』
でも、と拓海が口を挟もうとしても静のペンは止まらない。
『明さん、拓海さん、ここに来てから誠、敦、安藤先輩、星野先輩、みんな僕の事を気にしてくれてる。それ以上何かを望むなんて出来ないよ』
静はみんなの名前だけは綺麗な字で書き、書き終わっても顔は俯いたままだ。
「静くん…」
『きっと拓海さんの弟の鈴先生もこれから先、色々と手助けしてくれると思う。だけど、僕が運命の相手なんて、喜ぶ人いないよ。迷惑なだけ』
拓海が何か言おうとすると静は両手で自分の両耳を覆った。
これはもう話を聞きたくないという意思表示。
これをされたらどんなに話したい内容でも止める。
それが2人の間で決められたルールだった。
拓海は口を閉じると耳を塞いだままの静を優しく抱き締める。
静は耳から手を離すとポツリと呟く。
「ごめん…なさい……」
何に対して謝っているのか、拓海にも真意は分からなかったが首を横に振り、
「大丈夫だよ」
と言って笑いかけることしか出来なかった。
送ると言ったのだが、1人で帰ると言われてしまい、保健室には拓海1人となった。
まだ静に言うには早かったと今更後悔しても遅かった。
拓海の耳には『ごめん…なさい……』という静の声がいつまでも響いていた。
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