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第27話.恋心

静が自分の心境の変化に戸惑い、誠が雪人に想いを馳せている間に、敦は1人コピーをしに談話室へと向かっていた。 談話室は何時もとは違って人が1人しかいなかった。 「あれ? 長谷(はせ)?」 「ん? 佐々木か」 そこにいたのは敦のルームメイトである長谷潤一(じゅんいち)だった。 「1人?」 キョロキョロと周りを見回しても他には誰もいない。 「見れば分かるだろ」 ぶっきらぼうな言い方も何時も眉間に皺を寄せて難しい顔をしているのも、高校1年生とは思えない程大人びた長谷には似合っている。 長谷は読んでいた本を閉じると敦を見つめる。 敦はこの際だからと、この寮に入ってから思っていた事をぶつけた。 「長谷さぁ、オレのこと避けてる? 部屋でちゃんと会ったことが無い気がするんだけど」 いつも長谷が部屋に戻ってくるのを待ちきれなく寝てしまい、朝は部活の為に自分よりも早く部屋を出て行ってしまうので、敦はルームメイトなのに部屋で長谷と話をしたことがなかった。 「部活が忙しくて…な」 歯切れが悪い長谷の言葉に敦は嫌われてるのかなと、少し悲しくなる。 はっきり言って、長谷は敦の理想のタイプだった。 屈強な身体つき、どこでもかしこでもぶつけてしまいそうなくらい大きい身長、大人びた顔。どれも憧れてしまうし、もしかしたら、長谷なら自分を満足させてくれるのでは無いかと期待してしまう。 敦は今まで一度も、男性に抱かれて満足したことが無かった。自他共に認めるほど淫乱なのだ。どんなにシテも足りなくて、相手はついていけないと去って行ってしまう。 運動部で新入生なのにレギュラーを任せられている長谷ならと期待をするが、自分を嫌っている相手に抱いて欲しいなんて言えない。 「夕飯の後だって、全然戻ってこないじゃないか」 まるで駄々をこねる子供のようだけど、止まらない。 「オレと一緒にいるの、そんなに嫌か?」 敦は胸がツキンと痛くなる。自分の言葉に自分で傷付くなんてバカみたいだ。 長谷は困った様に立ち上がり敦の前に立つと、敦の頭にポンと手を置く。 「そんな訳ないだろ? いつも一緒にいるチマいのが俺の事怖がってんだろ? 部屋に戻っていたらいかんなと思ってな」 「チマいって、誠も静も殆ど背っ……あっ!」 敦は2人の名前を言ったところで自分が何をしにここに来たのか思い出した。 「オレ、ここにコピーしに来たんだった」 敦はそう言うと問題集を見る。と同時に長谷もそれを覗き見る。 「小学生…?」 (いぶか)しげな声が上から降って来て、敦が上を見上げると長谷とバッチリ目が合う。 思ったよりも至近距離に長谷の顔があり、さっきエッチな事を考えていたことが恥ずかしくなる。 「…あ、これ? 誠が使う問題集。でも静の大切なものらしいからコピーしようと思って。ま、オレも使うんだけど」 気不味さを隠す様に早口になると同時に、その問題集を持ってコピー機へ向かう。 長谷から離れてはやる鼓動が落ち着きを取り戻す。 「佐々木って頭良くなかったか?」 「あのさ、佐々木って呼ばれるのあまり好きじゃないんだ。名前で呼んでくれないかな?」 「じゃあ、敦?」 そう呼ばれて、落ち着いたはずの鼓動がまた暴れ出す。 ちゃんと自分の名前を知っていてくれてた事が嬉しくなる。 「静がさ、入試で1位だったんだって。全教科満点ってどんだけだよな」 「本島って頭良いんだな」 長谷の落ち着いた声と対照的に自分の上ずった声が耳につく。 結構な量のコピーをするのに集中すると、長谷もまた椅子に座って本を読み始めた。 コピーが終わると、敦は自分をじっと見ている長谷に気が付いた。 「何? どうかした? 長谷?」 「お前も名前で呼べよ」 「え? ……潤一?」 呼ばれた長谷、潤一が満足そうに微笑んだ。 いつも眉間に皺を寄せて難しい顔をしている潤一の笑顔を見て、そのギャップに敦は心を鷲掴みにされる。 「あの2人はオレ達の部屋には呼ばないから、夕飯の後すぐ戻って大丈夫だから」 「分かった」 「じゃあ、オレ戻るな」 敦は足早に2人の待つ部屋へと向かう。 今まで敦は気持ち良ければそれでいいと思ってきた為、人を好きになった事はなかった。 だからこんなに心臓がバクバクするのを初めて感じていた。 『敦』 潤一に呼ばれたことを思い出すだけで顔が熱くなるのを感じる。 「ヤバい。オレ、恋した?!」

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