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第28話.解けるって楽しい

自然と早足になってしまい、2人が待つ部屋に戻ると、敦の息は上がっていた。 「そんなに急いで帰らなくても良いのに」 勉強する! と宣言したばかりの誠がジトッとした目で敦を見た。 「勉強する時間が少なくなったら困るのは誠だろ? 静、始めよう」 誠と自分の前にコピーしてきた問題集を置き、敦は静を見た。 「誠は…初め…から……やって…分から…ない……ところ…があった…ら…言って」 「はーい」 やる気があるのか無いのかよくわからない様なトーンで答えると、誠は問題集の1ページ目から解き始める。 「敦は……こっち…」 誠の気が散らない様にか、少し離れた所に移動する。 敦は未だにドキドキしている心臓を落ち着けようと深呼吸をする。 『何か良いことでもあった?』 静に渡された紙に書いてある文字を読み、敦は驚いた。 まさか静に自分の今の状態を見透かされるとは思っていなかった。 敦が何か言おうとすると、静がそれを止めて紙を指差す。 誠がせっかく勉強を始めたのに手を止めさせたくなかったのだ。 『ちょっとね。でも言う程のことでもないから』 まだ自分の気持ちを自分で分かっていないのに、2人に言いたくなかった敦は、自分の気持ちがハッキリしたら伝えようと決意する。 『そっか。じゃあ、敦も始めるよ』 静はコピーしてきてもらった紙の中から1枚を敦の前に置き、敦に渡した問題集のあるページを開けてその横に置いた。 『この2つの問題は、結局同じ事を聞いているんだ。そう思って読むと、何処が大切か分かるはず』 小学生用の問題集には誰にでも分かる言葉で問題が書かれている。 逆に高校生用の問題集は、いくつもトラップが仕掛けられている。そこに引っ掛からずに問題文を読めれば、殆ど解けたも同然となる。 敦はココだ、と思ったところを指でたどる。そして静を見た。 静がコクンと頷くと、敦は嬉しくなって他の問題文も読み始める。 敦は飲み込みが早く、生徒として優秀だった。 それとは対照的に誠はもうつまずいているようだった。 「誠、ペン…止まって…る」 静がそう言って誠の後ろに立つと、誠は泣きそうな顔をして振り返る。 「だって引き算なんてすること無いじゃんか」 なんと、足し算は何とかなった誠だったが、引き算で手が止まってしまったのだ。 「そりゃあ、大きい数字から小さい数字は引けるけど、小さい数字から大きい数字なんて引けないよ」 小学生の引き算でマイナスなんて出てきてないよな、と思ったのは敦だ。 『誠の言いたいこと分かる。僕もそこでつまずいたから。15-7が分からなくなるんだろ?』 誠が頷くのを確認して、静は書き続ける。 『じゃあ、5+10-7だったらどうかな』 「えっと、10-7は3だから、5+3で8!」 「よく…出来……ました…」 「え?」 『だから、15-7=8ってこと』 自分が今、解けないと思った問題を解けたことに気が付かない誠だった。 『別に頑張らなくていい。15を10と5に分けて考えればいい。桁が増えても一緒。例えば352ー278は?』 「急に難しくなってない?」 静は誠の肩に手を置くと 『ゆっくりでいい。下の位から引いてみよう』 誠はさっきの解き方を思い出す。 《352=340+2+10だから340+2+10-8-270で》 そこまで書いて誠は涙を溜めて静を見る。 『落ち着いて。考え方はそれで大丈夫。ただ、桁が多くなると分かりにくくなるだろ?』 誠は頷く。 『12-8は?』 《2+10-8だから10-8=2で、2+2=4》 『そう。340-270が分からないなら、0は無くしていい』 「え? いいの?」 誠は驚きの声を上げる。 『大丈夫』 《34-27だから14-7=4+10-7=4+3=7で、20-20=0だから34-27=7》 『そこでさっき取った0を戻すと?』 《70》 『最後に一番初めの数字を足す』 《70+4=74》 出来ないと思った引き算が出来て誠は嬉しくなる。 そこに静の花丸が彩りを添えた。 「静、出来た! でも、ここに書いてある縦に並べるのは分からない」 筆算である。 『こう書くと、もっと簡単になる』 「えー、そうは思えない」 『じゃあさっきの352-278でやってみよう』 誠は渋々頷く。 『数字を縦に見るんだ。で、下が大きい数字の場合は10-下の数字+上の数字の計算をする』 「えっと、10-8=2で2+2=4だ」 『それを1の位に書く。ここで大事なのは隣から10を借りたから、352の5を消して4にすること。後は同じ計算をしていくだけ』 「ということは、10-7=3で3+4=7になって借りた352の3が2になるから74だ! 一緒だ! 簡単になった」 誠は信じられない気持ちになる。ちょっと前まで絶対に解ける訳がないと思っていた問題を“簡単”だと感じるなんて頭が良くなったとしか思えない。 「静は魔法使いみたいだ」 誠は問題集の問題を次々と解いていく。 スラスラと解ける感覚が楽しくて誠のペンは止まらなくなる。

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