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第42話.戸惑い
「本島くん、部屋が何とかなるまで明さんの所に戻るようにした方がいいと思うが、どうする?」
鈴成が近づいてくると静の心がざわつく。
こんな酷い顔を見られたく無いと思ってしまう。
「あの部屋には戻りたくありません」
誠と敦も静の傍にやって来た。
「静、声出るようになったんだね!」
「やっぱり可愛い声じゃんか」
「誠も一緒に明さんの所に行く? あの部屋にはいられないだろ?」
2人の言葉にはあえて答えず、誠に質問した。
「僕も行っていいの? 行く!」
さっき明を怖いと思っていたのも忘れて喜ぶ誠だった。
「オレは月曜の朝まででいいから一緒に行っちゃダメかな?」
「僕はいいけど、長谷くんの了承はいらないの?」
「んー。一応聞いてくる」
敦はまだ談話室にいる潤一の元に走って行った。
笑顔で好きな人と話す敦を見て、静は羨ましいと思っていた。
羨ましい?!
“笑顔で好きな人と話す”ことが?!
静は自分で自分のことが分からなくなる。
だって自分には“好きな人”なんていないはずなのに。
敦が両手で大きな丸を作るのを見て頷いてから、静は鈴成を見た。
明と話している鈴成は本当に楽しそうで胸が苦しくなる。
あんな風に屈託無く笑う鈴成を見るのは初めてだった。
百発百中の誰が誰を好きか。という目で見ると、鈴成の好きな人は明ということになる。
「静くん、これ腫れた所に当てて。顔はあまり薬塗りたく無いからとにかく冷やそう」
拓海がさっきの鈴成のようにタオルを持って来てくれた。
今回は保冷剤を巻いてあるようだ。
「拓海さん、ありがと」
タオルを頬に当ててチラッとまた鈴成を見ると、あちらも自分を見ていたようで目が合ってしまった。
なんとなく目が離せなくて、しばらく見つめ合った状態になる。
『静』
さっき言ってもらった鈴成の声が静の頭の中に蘇る。
そういえば、どうしてあんな事を言ってしまったんだろう。
あの時の自分は正気では無かったから、と理由付けようとした。
でも今だって鈴成に名前を、“本島くん”ではなく“静”と呼んで欲しいと思っている。
静は自分が自分じゃないみたいで、本当にどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
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