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第55話.笑顔②

まいったな。笑顔にはもちろん驚いたけど、自分がその笑顔に心を鷲掴みにされていることの方が驚きだ。 生徒とは恋愛はしない。 教師になると夢見た時から決めていることだ。 それを破ることなんかないと思っていたのに、まさか自分がこんな気持ちになるとは思っていなかった。 自分のことより本島くんだ。兄貴に言わないと。 考えるよりも先に本島くんの手を握ると靴を脱いで家に上がる。 「先生?」 本島くんの困惑する声は聞こえないふりをする。 リビングに入ると兄貴と河上くんと佐々木くんが3人で話をしている。 「兄貴」 話しかけると3人がこちらを見た。 「鈴」 「鈴先生?」 「何で2人は手を繋いでるの?」 佐々木くんの疑問はもっともだ。 でも俺が離したくないからもう少しこのままだな。 「鈴、何かあった?」 「今、本島くんが笑った」 本島くんを見てさっきの笑顔を思い出すとこっちまで笑顔になる。 本当に? と顔に書いてあるような感じで見上げられまた目が合う。 しばらくそのままでいたら急に顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。 「静、顔真っ赤だ」 「オレも笑顔見たいんだけど」 「僕が1番に見たかったんだけどね」 口々に言われる言葉も本島くんの耳には届いていない様子だ。 「鈴、ちょっといい?」 俺も本島くんに集中してたから、兄貴が近づいてきてたことにも気が付かなかった。 「あぁ」 繋いでいた手を離すと俺は兄貴に続いてリビングの奥にある書斎のような所に入る。 扉を閉めると兄貴は溜め息をついた。 「生徒のことは好きにならないって言わなかったっけ?」 まぁ俺の気持ちなんて手に取るように分かるよな? 「言ったな」 「静くんの事、どうするつもり? どう見たってあの子が鈴のこと好きになってるのは間違いないんだ」 本人に自覚は無さそうだけど。 「どうって、生徒と教師の関係では何も出来ないよ。本島くんが卒業したらその時に考えるさ」 「鈴の気持ちだけでも伝えることは出来ない?」 考えてはみたものの、自分から本島くんに、という選択肢は無かった。 「ごめん、それは出来ない。本島くんから何か言われたとしても、卒業まで待ってもらう他はないよ」 その時の俺はこの感情が(あふ)れて止まらなくなるなんて思ってもいなかったんだ。

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