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第65話.拓海の策略

なぜ明さんが鈴先生にそんなことを聞くのだろう? 静は答えを聞きたいけど聞きたく無い、変なジレンマに(さいな)まれる。 「静は聞いていないんだ。だから本音を言って欲しい」 耳を塞ぎたいと思う反面、自分のことを何とも思っていないという答えを聞けば、この訳の分からない胸の痛みからも解放されるかもしれないと思う。 「好きですよ」 ドキンと鼓動が跳ねる。きっと生徒だからと続くのだろうと静は予想をする。 「生徒として、では無く、1人の人として」 予想は良い方向に外れた。 鼓動の音が大きくて、周りの音が聞こえにくくなる。 「そのことを静には言わないのか?」 「本島くんが卒業したら言います。教師が生徒に手を出す訳にはいきませんから」 「手を出すって一体何をしようと思っているんだ?」 怒ったような明さんの声が聞こえてきて、少しずつ鼓動はおさまってくる。 「変な事しようなんて思ってませんよ。教師から生徒に告白なんて出来ませんってことです」 “告白”という言葉に信じられない思いと、胸の痛みの種類が変わってきていることに静は気がついた。 「ようやく言ったな、鈴」 どんなに聞いてもはぐらかして本音は口にしなかった鈴成に笑顔で拓海は声をかける。 「兄貴」 「鈴の言った好きは恋愛感情ってことでいいんだよね?」 「そう言ったつもりだけど?」 「だってよ。静くん」 開け放たれたドアに向かってそう言う拓海を一瞬だけ見ると、鈴成はそちらを振り返った。 そこには顔を真っ赤に染めて、唇を噛んだ静がいた。 「何で?!」 驚きを隠せず、鈴成は椅子から立ち上がる。 静が何か言おうと噛んだ唇を解放すると、目から大粒の涙がポロポロと(こぼ)れ落ちてくる。 結局何も言えずにまた口を閉じた。 「鈴成くん、時間はまだ大丈夫かな?」 「え? そうですね。30分位なら」 鈴成は時計を見るとそう答えた。 明は静の前に立つといつものようにポンと頭に手を置いた。 「…明さん……?」 「鈴成くんとちゃんと話しなさい。静の今の気持ちも素直に」 「そうだね。僕達は部屋に行くから2人でね」 「え?!」 この状態で2人きりにされるなんて、何を話せば良いのか分からない。 明と拓海がいなくなっても、静はその場から動けなかった。

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