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第80話.本音
鈴成に呼ばれても、静はそこから動けなかった。
「一緒に帰ろうか」
外を歩きながら、学校に戻ってから、話が出来るのだろうか。
かといって、ずっとここにいることも出来ないと静は分かっていた。
風間先生と諒平に心の中で、もう少しだけここにいさせてください、と言うと静は椅子から立ち上がって鈴成の方を向いた。
「鈴、成さん」
名前を呼ぶだけで声が震える。
こう呼んだのは鈴成に好きだと言われたあの日以来、初めてのことだった。
驚いているのだろう、鈴成の目が見開かれる。
「手を払ったりして、ごめんなさい」
「いや……」
鈴成は諒平に言われて考えた。考えたのだが、その答えが合っているのか自信はなかった。
「あの時、ハル先生と抱き合ってるのを見て、鈴成さんは、ハル先生を好きになったって思った」
静はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あの時はハル先生が鈴成さんを好きだって勘違いしてたから、2人は付き合うんだろうなと思って」
鈴成は言葉を挟まずに黙って聞いていた。
静の言葉を胸に刻みたかった。
「ハル先生を抱き締めた手で触って欲しくなくて、気が付いたら払ってたんです。胸の中にどす黒い感情が広がって訳が分からなかった」
鈴成は自分の行動に静が傷付いていたことを知り、胸が痛くなる。
「さっきハル先生と話して、それが嫉妬だって分かりました」
静は鈴成の前まで行くと、鈴成のシャツの袖口を掴んだ。
「生徒はいいです。でも、それ以外の人は、、抱き締めたりしないで」
「わかった。約束する」
静に掴まれていない方の手で、鈴成は静の頭にポンと手を置いた。
鈴成に微笑まれ、想いが溢れて止まらなくなる。
あの時のように涙がポロポロと出てくる。
「……きで、す………」
「え?」
「好き、です」
鈴成にだけ聞こえるくらいの声でそう言うと、静は恥ずかしくて鈴成の胸にポスッと頭を預ける。
言おうとした訳ではなかった。気がついたらそう言っていたのだ。
「静」
名前を呼ばれてそのままの態勢で静は上を向いて鈴成を見る。
「大好きだよ」
そんなことを言われると思っていなかった静は驚きのあまり涙は止まり、火が出ると思うほど顔が熱くなる。
ボーッと鈴成のことを見つめていたらどんどんと近づいてきて、焦点が合わなくなった。
ふにゅ
唇に柔らかい感触がしたと思ったらすぐに離れていく。
目を閉じた鈴成が離れる途中で目を開けて苦笑する。
「こういう時は目は瞑った方がいいかな」
「え? 今、何したの?」
「分からなかったならもう1度する?」
鈴成は静が考えている間、至近距離でニコニコしている。
「し、しない」
「そう? 残念だな。まぁこの先長いからいつでも出来るか」
鈴成は静をギュッと抱き締めた。
静は恐る恐る腕を鈴成の背中に回すと、幸せそうに微笑んだのだった。
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