120 / 489

第119話.出発

部屋から出てシャワーを浴びると用意していた着替えに腕を通す。 鈴成さんとの行為で痛めた腰も、まだ何か入っている感覚があるそこも、さっきまでの事が夢では無いと教えてくれる。 時計を見ると午前2時だった。 スマホで明さんから教わった通りに動画を撮る。 それが終わるとSDカードを取り出してスマホは机の上に置いたまま、目の端に溜まった涙を拭いて隣のリビングダイニングに移った。 明さんはソファに座って下を向いていた。 「明さん」 声をかけると苦しそうな顔をしてこちらを見た。 「静、鈴成くんは?」 「僕の持っていた睡眠薬でグッスリ寝てる。拓海さんは?」 「今はまだ寝ていると思う」 「そっか。じゃあ、僕はもう行くね」 明さんに強く抱き締められる。 僕も腕を背中に回してギュッとする。 「行ってきます……必ず戻ってくるのでさよならは言わないよ。またね、明さん」 「あぁ、またな、静」 バイバイと手を振り、家を出た。 出た瞬間に涙が溢れてくる。 それでも、その場にとどまることは出来ないから歩き始めた。 家から1番近い公園で足を止める。 涙は流れていることが当たり前のように、止まる気配はなかった。 ベンチに座ってまだ暗い空を見上げる。 都会の空は狭くて、星もほとんど見えない。 何度も深呼吸をする。ようやく涙が止まったら目の端にある人物が入り込んだ。 家を出た時から後ろを付いてくる気配は感じていた。 大野家が監視をつけない訳がなかった。 「静さん」 「やっぱり晴臣さんだったんだ。最近僕の周りにいたよね」 監視役は後藤晴臣( ごとう はるおみ)。元々は本島家に仕えていた人だ。父さんが死んでから大野家に雇われたのだろう。 「今日は私しか付きません。正午には大野家に入って頂きますが、それまでは何処へでもお供致します」 昔と変わらない真面目な態度と口調。 どう考えても自分よりも年上なのに、丁寧な言葉遣いは相変わらずだ。 「CLASSYのジュエリーショップに行くから」 「かしこまりました。歩いて向かわれるのですね?」 「うん。行こうか」 歩き始めると後ろにぴったりとついてくる。 おそらく警察に会っても保護者に見えるようにだろう。 僕は監視役が晴臣さんで良かったと思っていた。

ともだちにシェアしよう!