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第148話.◆初めてのサファイア

もし、自分で自分に命令をしたらどうなるのだろう? 例えば『今までの事は全て忘れるが、鈴成さんに抱き締められたら思い出す。目を開けたら大切な人は秀明さんになっている』とか。 そう考えてから、自分から大切な人を鈴成さんから秀明さんに変えるなんて、それこそ裏切りだと思い、それはやめることにした。 結局良い案が浮かぶこともなく、それからはぼーっと白い壁を見つめていた。 「静、地下に行くぞ」 吾妻が建物内に入って来たことにも気が付いていなかった。 鎖を引っ張られて、奥の扉から地下に降りる。 鉄で出来たその部屋に入れられると鎖は固定されて鍵もかけられる。本来は長い鎖だが、首輪から近い位置で固定されたので立ち上がることも出来ない。 吾妻はガスマスクを被り、近くに置いたブルーの塊に火を付ける。 煙が上がった事を確認して、吾妻はそこから出て行った。 『静、聞こえるか?』 天井から声が降ってくる。 それと同時にこの狭い部屋の中が甘い匂いでいっぱいになる。 頷いて少し手を上げた。 『お前の大切な人は誰だ?』 「鈴成さん、明さん、拓海さん、敦、誠、長谷くん、芹沼くん、ハル先生、諒平さん、風間先生………」 『全員、お前のことは知らないと言っていたよ』 頭に思い浮かんだ人達が自分に背を向けて遠ざかって行く。 「待って!」 手を伸ばしても届かない。 『誰もお前のことを待っていない』 やがてそこは何も無い暗闇になる。 「嫌だ、戻って来て」 『お前を必要としているのは秀明様だ』 秀明様と言われても顔が思い浮かばない。 「その人は知りません」 『そこに写真があるだろ?』 閉じていた目を開けると、床には写真が沢山あった。 1枚を拾い上げるとそれをジッと見つめる。 「秀明、様?」 『お前はお父様と呼びなさい』 「お父様?」 『そうだ、それと新しい名前を頂いた』 「新しい名前………?」 自分の名前、何だったっけ。 思い出そうとすると酷く頭が痛い。 『明美だ。今からお前の名前は明美だ』 私の名前は明美。必要としてくれるのはお父様。 誰も私を待つ人はいない。 お父様といる事が私の幸せ。

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