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第150話.◆忘れる

「腕が、痛い……?」 左腕を見てみれば、包帯が巻かれている。右手を見れば爪の間に皮膚片と血が挟まっている。 サファイアを使われても寝ないように抵抗したのだろうか? 何かを思い出そうとすると頭痛が酷くなる。 「やっぱり寝なければなんて、無かったんだ」 「そう、だね。変な事を言ってごめん!」 サクさんとマナさんが苦しそうな顔をする。 「僕は大丈夫だよ? そんな顔しないで」 「大切な人のこと覚えてるか?」 ヒサギさんが真面目な顔で聞いてきた。 大切な人………? そんな人僕にいたかな? 「僕に大切な人なんていないよ?」 そう言いながら無意識に首から下げている指輪に触る。 大切な指輪だということは分かる。 母親の形見だったと思い出した。が、それだけではない気がする。 それが何なのかは思い出せない。 思い出せないということは、そこまで重要なことではないと結論付ける。 「シズカ、スズナリという名前に覚えは無いか?」 「スズナリ………? あ、うぅ………っ!!」 どうして、こんなにも愛しい人のことを忘れていたのだろう。 でも鈴成さんのことを考えるだけで頭が割れるように痛くなる。 思い出してはいけないと警告されているようだった。 忘れたくない。だから僕は鈴成さんや忘れたくない人達のことを心の中に箱を作ってそこにしまうことにした。 何重にも鍵をかけて、その箱を真っ暗闇の中に投げ入れる。 いつかその箱を見つけて開けることが出来るかは分からない。 もしかしたら一生見つけることが出来ないかもしれない。 それでも、その全てが消えて無くなるのを黙って見ていることは出来なかった。 「……さようなら、ごめんなさい………」 そう呟いて、目を開けた。 「シズカ?」 「ごめん、誰だって?」 もう一度名前を言われたが、全く覚えが無い。 「んー。知らない」 「そっか。ごめんな、変なことを言って」 「大丈夫だよ。そういえば、寝てもいいのかな?」 寝てはいけないという強迫観念が目を閉じることを許さない。 「あぁ、寝ていいんだよ。ゆっくりおやすみ」 優しくそう言われて目を閉じる。 意識が無くなるのにそう時間はかからなかった。

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