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第153話.◆自分でいられる時間
サファイアを使い始めてもう1週間になる。
寝て起きてサファイアを吸う。
それが僕の1日の全てだった。
記憶が無い時間が増えてきていると感じる。
みんなが教えてくれたサファイアを吸った後の僕は“明美”と名乗っているらしい。
きっと秀明さんが望んでいるのは母さんなんだろう。
僕はその代用品で、満足いくように作られている途中だということだ。
サファイアが使われることが調教の全てな訳はない。
この後自分がどうなっていくのか、こうやって自分が静だと分かっている時間がどの位残っているのか、分からないことだらけで不安になる。
大切な人と言われても思い浮かぶ人が1人もいない。
忘れてしまったのか、元から誰もいなかったのか、それも分からなかった。
指輪を触ることが習慣になっていた。
触ると何故だかホッとする。
明美でいたとしても、指輪を触ると静が現れるといった感じだった。
母さんの形見の品というだけではないのかもしれない。
「シズカ?」
みんなは僕が明美でいることが多いから、小さな声で話しかけるようになっていた。
「シンさん、どうかしましたか?」
「良かった。シズカだね。また食事に手をつけてないみたいだけど、大丈夫か?」
食事は晴臣さんが持って来てくれる。
栄養バランスも考えられているし、彩りも綺麗だ。
でも全く食べる気力が湧かない。
みんなの話しでは明美の時は食べているようなので、問題は無いと思う。
「心配してくれてありがとう。食欲が無いんだ」
「そっか。でも少しでも良いから食べないと。倒れちゃうぞ」
不意に倒れて仕舞えば良いなんて考えが浮かぶ。
でも、倒れようが何をしようが調教は続けられることも分かっている。
心配そうに気にかけてくれるみんなに安心してもらう為に、スープだけは時間をかけて飲んだ。
野菜の味が優しくて体がポカポカしてくる。
ふとぎこちなくスープを運ぶ人の光景が頭をよぎる。
それは幸せで温かいが、すぐに消えてなくなる。
いつかの記憶の断片だろうか。
食事を下げられる時に、いつもは来ない吾妻も一緒に来た。
「今はどっちだ?」
「静です」
「そうか。明日からはサファイアの後も地下でする事がある」
「分かりました」
何をするのだろう。
母さんになって抱かれる。
これが最終目的なら抱かれる準備をするのかな。
嫌だと思う。
でも抵抗する事はきっと許されない。
“明美”になった僕は秀明さんに抱かれることを喜ぶのかな。
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