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第166話.◆視覚を失う

シャワーを浴びた後、晴臣さんは夕飯を持って来てくれた。 でも全く食欲はなく、食べたり飲んだりしたら吐いてしまいそうだった。 「静さん? 少しでも食べた方が」 「ごめんなさい。食べたら吐くと思うから」 自分のベッドの上で丸くなる。 どんな体勢でいても口の端も秀明さんを受け入れた所もズキズキと痛い。 でもこうやって自分を自分で抱きしめていると、少しは痛みが和らぐ気がする。 『明日も来るよ、静』 秀明さんの言葉を思い出す。明日も自分の所に来るという事は少しは気に入ってくれたということだろうか。 このまま自分1人が相手をすれば良いとなれば、みんなは解放されるだろう。 それまでは嫌がらず喜んだフリ、嬉しいフリを続けなくてはならない。 今日だけでもこんなに胸が痛くて、僕の心はもつのだろうか。 誰も心配する人が思いつかないから、心が壊れても問題ないのかもしれない。 無意識に指輪を握る。 そうすると、心が温かくなって泣きたくなる。 目を閉じると秀明さんにされたことを思い出すから、目は閉じたくなかった。 今夜は眠れないと思ったら、掛け布団を奪われた。 「静、地下に行きなさい」 「え? 今からですか?」 「秀明様からオーダーが出たからね」 「分かりました」 ふらふらと立ち上がり、壁づたいに歩いて地下の鉄の部屋に入る。 きっともう明美はいなくなっただろうから、全て自分が受け入れなくちゃいけないと、1つ息を吐いた。 いつものようにガスマスクをした吾妻がサファイアに火を付けて煙が上がるのを確認したら外に出る。 甘い匂いを嗅いでも目を閉じてみても、やはり明美が出てくる気配はない。 秀明さんに酷いことを言われて消えてしまったと考えるのが妥当だろう。 グルグルといろいろ考えていたら、サファイアからの煙はもう消えていた。 『静、お前に目は必要なくなったよ』 「え?」 『色が無くなる』 鉄の部屋の壁に赤いスプレーで書かれた文字が濃い灰色になる。 『お前に待っているのは暗闇の世界だ』 段々と見える範囲が狭くなっていって、目を開けていても真っ暗闇になる。 辛うじて光が発する所だけは少しだけ明るく感じた。 吾妻の助けは借りずに上に戻った。 頭の中に地図を広げる。 それでも足元に置かれたものまでは分からなくて、躓く。 「うわっ!……」 ゴチン! 躓くなんて思いもしないから手も出ず、転んで額をぶつける。 「……痛い………」

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