177 / 489
第174話.◆夢の中
点滴が終わっても追加された睡眠薬で静はなかなか起きなかった。
『静』
『だれ?』
いつもの優しい声がする。
誰なのかは分からない。でも、その声を聞くと涙が出そうになる。
抱き締められる感覚がして、ほわんと心が温かくなる。
『ずっと待ってるよ』
『だれなの?』
『それは言えない』
頭をくしゃりと撫でられて、手は頰に下りてくる。
その手に縋りたいのに、思わず逃れるように離れる。
『言えないのは僕がきたないから?』
秀明さんに抱かれる毎日で、どんどん自分が汚くなっていく。
拒むことも出来ず、自分から体を差し出して、自分が自分を許せない。
『違う。静は汚くなんかない。前と変わらず綺麗だよ』
『綺麗な訳が無い。……ん? 前と変わらず?』
『思い出して』
何かを渡された。
箱? 鍵が何個も付いているみたいだ。
『箱? 何が入ってるの?』
『静が作った箱だろ?』
何も思い出せない。
これを開けたら何か思い出すのだろうか?
鍵は全部で5個もある。どうしたら鍵を開けられるのか分からないし、本当に開けてもいいのかも分からなかった。
『待ってるよ』
『え? 行かないで! もう1人になるのは嫌だ』
急に気配が遠のいていって、手を伸ばすが届かなかった。
手は空を切り、箱は下に落ちる。
ジャラッと巻き付けてある鎖が音を立てた。
箱を拾い上げようと探すが見つからない。
涙が止めどなく溢れる。
優しい声の持ち主は僕の名前を知っているのに、僕は何も思い出せない。
涙を拭う感触がして、思わずその手を掴む。
「シズカ?」
でもあの人とは違う声がする。
やっぱり僕がきたないから、どこか行ってしまったんだ。
胸が痛くて涙を拭う手を離し、胸に手を持っていくと指輪に触ったからそのまま握り込む。
あの人に抱き締められた時のようにほわんと心が温かくなる。
何が何だか訳が分からなかった。
母の形見の指輪で、どうしてこんなに温かい気持ちになるんだろう。
苦しそうに涙を流す静は今にも消えて無くなりそうで、サクはその涙を拭い続けた。
ともだちにシェアしよう!