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第174話.◆夢の中

点滴が終わっても追加された睡眠薬で静はなかなか起きなかった。 『静』 『だれ?』 いつもの優しい声がする。 誰なのかは分からない。でも、その声を聞くと涙が出そうになる。 抱き締められる感覚がして、ほわんと心が温かくなる。 『ずっと待ってるよ』 『だれなの?』 『それは言えない』 頭をくしゃりと撫でられて、手は頰に下りてくる。 その手に縋りたいのに、思わず逃れるように離れる。 『言えないのは僕がきたないから?』 秀明さんに抱かれる毎日で、どんどん自分が汚くなっていく。 拒むことも出来ず、自分から体を差し出して、自分が自分を許せない。 『違う。静は汚くなんかない。前と変わらず綺麗だよ』 『綺麗な訳が無い。……ん? 前と変わらず?』 『思い出して』 何かを渡された。 箱? 鍵が何個も付いているみたいだ。 『箱? 何が入ってるの?』 『静が作った箱だろ?』 何も思い出せない。 これを開けたら何か思い出すのだろうか? 鍵は全部で5個もある。どうしたら鍵を開けられるのか分からないし、本当に開けてもいいのかも分からなかった。 『待ってるよ』 『え? 行かないで! もう1人になるのは嫌だ』 急に気配が遠のいていって、手を伸ばすが届かなかった。 手は空を切り、箱は下に落ちる。 ジャラッと巻き付けてある鎖が音を立てた。 箱を拾い上げようと探すが見つからない。 涙が止めどなく溢れる。 優しい声の持ち主は僕の名前を知っているのに、僕は何も思い出せない。 涙を拭う感触がして、思わずその手を掴む。 「シズカ?」 でもあの人とは違う声がする。 やっぱり僕がきたないから、どこか行ってしまったんだ。 胸が痛くて涙を拭う手を離し、胸に手を持っていくと指輪に触ったからそのまま握り込む。 あの人に抱き締められた時のようにほわんと心が温かくなる。 何が何だか訳が分からなかった。 母の形見の指輪で、どうしてこんなに温かい気持ちになるんだろう。 苦しそうに涙を流す静は今にも消えて無くなりそうで、サクはその涙を拭い続けた。

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