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第187話.◇相談③
「これでまた幸せになる事が怖くなってしまいそうで、、戻って来て傷が癒えるのにどれだけの時間がかかるのか、途方に暮れてしまいますね」
静さんが戻って来ると信じている拓海さんには悪いが、秀明様が簡単に静さんを手放すとは考えられない。
静さんに対する執着は思った以上で、もしかしたら静さん以外が解放されるのも時間の問題かもしれない。
「静くんはまだ喋れて耳も聞こえているんですね?」
「はい。目が見えない事にも慣れてきて、今では普通に歩き回れるようになりました」
人の慣れというのは凄いと思う。
「そうですか。でもそれらがいつ奪われるか分からない状況ですよね? 確かあの子は手話が出来たはずです。ただ、本当に一時的に使っていただけで覚えているか分かりません。僕も手話を使っているのは見た事がないので」
「手話、ですか?」
「えぇ。指言葉の形を覚えれば三重苦になっても会話ができます。あなたは看護師の資格がありますよね? 手話も出来るのではないかと思って」
確かに資格を取る時にある程度は覚えたが、ずっと使っていないので自信はない。
「看護師としての仕事は殆どしていなかったので、また勉強しないと難しいです」
「そうですか。まぁ、そう言う僕も少し齧った程度で勉強しないとですが」
そう言いながら自嘲気味に笑う拓海さんを、俺は尊敬の眼差しで見る。
自分では全く思いもしなかったことをサラッと言われて、自分の至らなさに嫌気がさす。
「とにかく帰ったら静さんに確認してみます。あの人のことなのでもしかしたら完璧かもしれませんから」
「確かに、その可能性も大いにありますね」
何となくこれで静さんの話は終わりなきがして、冷めたコーヒーを飲み干す。
「手話の件は分かったらJOINで報告しますね」
「お願いします。………それはそうと、今日有馬さんの所で何かありました?」
「え?!」
急に森さんの名前が出て来てドキッとする。
「サファイアの研究で今は他の人と同じように子供が産めるようにならないか、を調べてるようなことを言ってました」
「ふふふっ。その辺のことはもう本人から聞いています。告白されたのでは?」
悪戯っ子のような笑顔で聞いてくる。
驚きと恥ずかしさがない交ぜになる。
「なっ?!」
「相談されて、素直に気持ちを言うように勧めたんです。あなたも有馬さんのこと気にしていたようでしたから」
気にしていた?
全く自覚のない事をこの人は気が付いていたと言うのか? 末恐ろしい。
「あの人羊の皮を被った狼なので、大丈夫だったか心配で。でも、元ボディガードと聞いていたので、本気で嫌だったら有馬さんが心配だったんですけど」
2人とも無事なようで良かった、とニッコリ笑う拓海さんは聖母マリアから小悪魔に変貌したとしか思えない。
「あの、え?」
「ふふっ、動揺してますね。他言はしませんので安心を。あなたも自分の気持ちには素直になった方がいいですよ。心の支えがある人は強くなれますから」
暗に自分には明さんがいるからと言っているのだと分かる。
森さんに関してはまだ自分の気持ちを測りかねている。
真剣に考えるにしても時間が必要だ。
「いつでも相談に乗りますから、気軽に連絡して下さい。では、また」
大きな爆弾を最後に落として、拓海さんは去って行った。
結局俺は何も言うことが出来なかった。
1人ボーッとしていたら雨音に声をかけられた。
「晴臣、帰らなくていいのか? もう結構遅いぞ?」
食事のことは一樹に任せてきたが、静さんに確認しなければならないことがある。
時計を確認して勢いよく立ち上がる。
椅子がガタッと音を立てた。
「もう、こんな時間?! 雨音、コーヒーご馳走様。今日も美味かった」
「あぁ、また待ってる」
俺は急いでお屋敷に帰る。その道中、頭の中は森さんのことでいっぱいだった。
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