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第190話.◆声

指言葉の練習を始めてから2ヶ月になろうとしていた。 「もう完璧だな」 「そう? だといいけど」 静は話す時に自然と手が動くようになっていた。 それは秀明の相手をしている時もで、最近は不審がられている。 「シンさんからの視線も無くなりましたね」 ポソッと言われた言葉にサクは苦笑する。 「この前恋人のことちゃんと思い出したって言ってたからな」 「それと、どんな関係が?」 「あいつにも色々あるってことだ。気にしない方がいい」 「そう、ですか」 あまり納得はしていない様子の静だったが、サクはそれも気にしないようにする。 「それより、秀明様に手話のこと不審に思われてるだろ? 大丈夫なのか?」 「勝手に動いてしまうので仕方ありません。でも、そろそろ手話だと気が付かれると思います」 そうなって起こるであろうことを想像し、2人で黙り込む。 『声、出せなくなるのかな』 静が手話でサクに話しかける。 『せっかくちゃんと出るようになったのに』 「覚えてるのか? 前のこと」 「うん。どうやって出るようになったかは覚えてないけど、誰かのお陰だった気がする」 静は夢の優しい人がその誰かじゃないかと思っていた。 頭を撫でられて静はサクの方に顔を向ける。 「無理に思い出そうとしなくていい」 「うん」 少し辛そうに俯く静は儚くて、消えてしまいそうだ。 「声が出なくなっても、俺が通訳するから心配するな」 「ありがとね」 最近の静はあまり笑わなくなっていた。 本当の感情を隠して秀明に抱かれているうちに、明るい感情が表せなくなってきていた。 少しだけ微笑む静を見てサクは胸が痛くなる。 その日の秀明の相手をした静は、嬉しい知らせを聞いた。 「そうだ、ようやく静の願いを叶えられそうだ」 「はぁはぁ……お父、様?」 自分の中で欲望を吐き出し、ズルリとモノが出ていくと頰を撫でられる。 「今年のクリスマスクルーズの時に、お前以外の奴等を解放しよう。2か月半後だ」 「もう僕だけがいればいいって、こと? 嬉しい」 撫で続けている頰の手に擦り寄る。 「その手の動きは手話だな。近いうちに声は私を呼ぶ為だけに使うようにしような」 声が出なくなることを予告された。 そんなことよりも、みんなが解放されることが決まった。 その事が本当に嬉しい。 「また来るよ」 「はい。待ってます」

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