205 / 489

第202話.◆手は勝手に動く

「シズカ」 戻ってきた静は泣いた後だと分かるが、表情が殆ど無かった。 「………っ……っ………」 何か声を出そうとしても息が漏れるだけだった。 『本当に声が出なくなっちゃった。もう、みんなと一緒におしゃべりも出来ないね』 「俺が橋渡しになる。そうすれば……」 『すぐにいなくなるのに、そんな事言わないで』 「シズカ………」 すぐに後悔する。 自分が辛いからって誰かに当たっていい訳ではない。 『サクさん、ごめんなさい。僕、最低だ。………こんな最低なのは放っておいていいよ』 サクは静を抱き締める。 「放っておかない。俺がいる間は静を甘やかすって決めたからな」 「……っ…っ………」 思わず『ありがとう』と言おうとして声が出なくなったことを思い出す。 抱き締められたままサクを見上げる。 「ん?」 サクが体を離すと静は手話で『ありがとう』と伝える。 頭を撫でられてポロッと涙が流れる。 「いいよ、泣いて。辛いな」 酷いことを言ったのに、サクは変わらず優しい。 「ちょっと、泣いてって? シズカ君?」 「シズカの声は出なくなった。シズカの言ったことは俺が通訳するよ」 声が出なくなっても手話がある。 静はあの時晴臣が手話の話をしてくれて良かったと思っていた。 結構急な提案だったが、他の誰かの助言でもあったのだろうか。 「シズカ君、耳は聞こえてるんだよね?」 『マナさん。聞こえてます』 「声が出なくても、私達がシズカ君の味方なことに変わりはないからね!」 『ありがとう』 今後の自分の扱いについて考える。 『これからだけど、サクさんの負担が増えてしまって悪いです。はい。いいえは手を叩く回数で答えますね。はいは1回、いいえは2回叩きます』 「俺のことは気にしなくていいんだぞ?」 『サクさんの優しさに甘えてばかりはダメです』 手が言いたいことを伝える為に動く。 もう考える前に手が動くようになっている。 みんながいなくなって1人になっても、自分の思いを上手く伝えられなくても、もう一度みんなに会いたいから死は選ばないと決めた。 その思いも忘れてしまうような出来事が起こるのは、もう少し先のことである。
2
いいね
0
萌えた
4
切ない
0
エロい
1
尊い
リアクションとは?
コメント

ともだちにシェアしよう!

この作品を読んだ人におすすめ

完結
胴慾
シリーズ5作目です。後輩(攻め)ストーカー×先輩(受け)女王様。女王様いじめてます(笑)
9話 / 8,962文字 / 5
2020/8/1
「項の秘め事」の番外編を集めた短編集。サクッと読めます。
25話 / 20,696文字 / 297
2019/6/21
浪人上がりの近侍×隠された商家の嫡男の話 ※オメガバース
3話 / 7,220文字 / 3
2019/7/7
Dr.Teddy,[Heat suppressant] is not completed yet?
13話 / 23,160文字 / 6
2020/11/8
連載中
twin' PLUS
最近、俺の隣が気になります。
140話 / 59,222文字 / 15
2020/4/19