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第211話.◇裕美さんの力

「静の話の前に親父は最近来てるか?」 「えぇ、毎週来てるわよ。でもまたお気に入りの子がいるようで、嫌になるわね」 裕美さんは少し考えるように上を見上げる。 「そういえば、そろそろ明に当主を譲ろうと思ってるって言ってたわね」 希望の光が差しているように感じる。 「あの考えは変わらないの?」 「ん? あぁ、変わらないな。裕美は反対か?」 「そんな訳ないわ。あの人は力の使い方を間違っていることに気が付いてないの。大野家なんてものは無くなっていいと私も思ってるのよ」 壊してしまいなさい、と裕美さんは笑う。 「静だが、親父が建物に拉致監禁して慰み者になってるよ。さっき言ってたお気に入りの子は間違いなく静のことだ」 「静が? あの人は何をしてるのよ! すぐに退院の手続きをするわね。私があの人を監視するわ」 「お加減は大丈夫なのですか? 無理されない方が」 無理をして体を壊しては元も子もない。 「心配してくれるの? ありがとう。実はいつ退院してもいいって言われてるの」 「そうなんですか?」 「えぇ、あの家にいると息がつまりそうで……あの人は独占欲が強いから」 少し苦しそうに笑う。 きっと“強い”なんてものでは無いのだろう。 だからこそ他に目が向いていても黙認してきたのだと思う。 「ただ、病院には毎週行かないといけなくなるから。その日は監視は無理ね」 週に1日の休みから週に1日だけ相手をするに変更。 体の負担は格段に減るだろうに、嫌な予感しかしない。 「明さん……?」 「どうした?」 「何でだろう。嫌な予感しかしない。胸騒ぎがする」 漠然としたものだから、裕美さんの提案を断る理由にはならないが、無視も出来ない。 「あの人の暴走が怖いのね、きっと」 そう言われてしっくりときた。毎日のように抱けていたのが週1回になれば、それはより濃いものになりそうだ。 今まではされなかったことまで、されるようになるかもしれない。 「そこは私に任せて頂戴。静以外の日は私が相手をするから」 「裕美が?!」 「えぇ、搾り取ってやるわよ」 舌舐めずりをしながらそう言う裕美さんは、やっぱり明さんの母親なんだなぁと思う。 「想像したく無いから、そういうことは言わないでくれよ」 「あら、そういうことをしたから明だって生まれて来たんでしょ?」 「それはそうだが………」 明さんが言い負かされるなんて、貴重なものが見られた。 「とにかく、退院はするわよ。あの人のことは私に任せなさい」 こんなに強力な味方が出来て嬉しいと素直に思った。 だからこそ自分の胸騒ぎが現実のものになるなんて、この時の僕は思いもしなかった。

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