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第249話.◇S

明は静の部屋から出ると甲板に上がり、鈴成に電話をした。 上から鈴成が走るのを見つめる。 叫ぶ姿を見るのは胸が痛い。 見ていられず、背中を向けると同時に出港を知らせる汽笛が鳴る。 「明、スーツ素敵ね」 「裕美も相変わらず着物が似合うな」 何もなかった様に振る舞う。 「体調大丈夫か? 顔色悪いぞ?」 「ここにだけは来ないと。でも家には帰れなくなったわ。先生からは一時外出許可しかもらえなかった。あんな啖呵切ったのにゴメンね」 「無理するな。静に会いたいだろ?」 明は裕美を椅子に座らせる。 静がこの船に乗っている事は伝えない方がいいだろう。 「ありがと。もう少ししたらあの人の挨拶ね。それまでは座らせてもらうわ」 出港したのでこれ以上は人が増えないという事だが、全員の顔と名前を覚えるのも一苦労だ。 何の為に来ているのか分からないが、芸能人も何人かいる様だし、芸術家、会社の社長、医者、政界人や警察の人間までいるのが分かる。 いくら物凄い有名人でも、このクリスマスクルーズは招待状が無ければ参加することが出来ない。 だからこそ、ここに呼ばれることは1つのステータスになっているらしい。 「明さん、少しよろしいですか?」 「ああ。裕美、ちょっと行ってくる。このまま休んでろよ」 「はいはい」 バカ親父の秘書に連れられて、控え室のような所に行く。 その間にペン型のICレコーダーのスイッチを入れる。 「私は外で待機しております」 明はとりあえずノックをすると、声をかける。 「明です」 『入りなさい』 中に入るとおそらく警察関係者が一緒にいた。 「これが愚息です」 「初めまして、大野明です」 これや愚息に少しカチンとくるが、それは隠してきちんと挨拶をする。 「初めまして。私は警視庁の人間です」 嘘くさい笑顔に警察手帳。 そして名刺を渡された。 「小泉さん」 「ええ、Sのことは全て私を通して下さい」 「S?」 バカ親父の方を見て聞く。 言え、言ってくれ。 「Sで分からないのか?」 バカ親父の仕方ない、という顔に内心ほくそ笑む。

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