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第252話.◇秀明様のご挨拶

「皆さん、集まって頂きありがとう。招待状を渡した全員が参加してくれたということで、私も嬉しい」 見た目だけはいいからか、挨拶が始まると俺を見ていた人達もバカ親父に視線を移す。 軽く微笑みながら喋る姿は年季が入っている分、俺よりもみんなを魅了するらしい。 「今回は皆さんに1つ報告することがある。私は大野の当主の座を息子の明に譲ることを決めた。まだ私の代わりが務まるのか見極めが必要だが、温かい目で見守って頂きたい」 集まった人達がざわつき、視線が俺に集まる。 正直、居心地はいいとは言えないが、悪くもない。 そう思えるようになったのは諒平と森と出会ってからだと思う。 正直なところ昔は大野の家の子と恐れられ、腫れ物を触るような扱いしか受けていなかった。 それは同級生だけでなく教師陣も同じだった。 今となれば俺に何かがあって“大野家”を敵に回すことが怖かったのだと分かる。 でも当時の俺は自分に何かあるから友達も出来ないのだと思っていた。 「1つの区切りとして来年の株主総会を期限とし、明には大野の仕事をしてもらう。私の判断でそれよりも前に当主を譲ることもあるだろう。その時は皆さんに通知を出すこととする」 思った通りの展開だ。 来年の株主総会で日本での全ての事業の撤廃を発表するとなると、時間は無いに等しい。 今、大野家からの支援のみで成り立っている会社も多い。その全てを他の企業から支援を受けられるようにしなければならない。 「明、お前からも一言挨拶をしなさい」 ま、そうだよな。 「明と申します。父があまりにも偉大で同じ様に出来るかは分かりませんが、皆様の期待に添えるよう精一杯努めます。よろしくお願い致します」 深々と一礼すると、どこからともなく拍手が沸き起こる。 思ってもないことを言っているが、バカ親父を見習って微笑みは絶やさないようにする。 「皆さんにも明が当主に相応しいかの判断をして欲しい。まあ、それは追い追いということで、食事にしましょう」 「皆様1つ下の階がディナー会場となります。入り口にてお名前を言って下さればお席まで案内させて頂きます。まずは乾杯からとなりますので、お酒が飲めない方もお声をかけて下さい」 バカ親父の秘書は本当に凄い人だと思う。 あの人が当主だったら、きっと俺も真逆のことを考えてここに立ってはいなかっただろう。 ふと思う。 バカ親父の“バカ”が付いたのはいつ頃だっただろう。 爺さんが当主だった頃はまだ普通の父親だったと思う。 やはり親父本人が当主になってからだからちょうど俺が小学生になる頃だ。 大きな権力を持つと人は変わる。それを目の当たりにしたと言っても過言ではない。 全てが手に入り、全てが自分の思うままに進む。 会社も人も自分に逆らうものはない。 まるで自分が神にでもなったと思ったのかもしれない。 いや、今でもそう思っているのだろう。 下の階に降りるバカ親父の後ろを歩く。 どこかに電話をしたと思うと、晴臣が現れた。 「秀明様」 「お前とあの子の食事も用意した。料理長に言って持って行きなさい」 「ありがとうございます」 晴臣はふわりと笑ってから、俺と目線を合わせると少し頷いてから厨房へと向かった。 静は大丈夫だと言いたかったのだろう。

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