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第253話.◆声が聞こえる

明さんが出て行ってから、やっぱり一言でも助けて欲しいと言えばよかったと思った。 数回しか会った事がなかったとはいえ、明さんはとても優しい人でいつも頭を撫でてくれた。 閉まった扉の方を見ていたら後ろから声がした気がした。 気のせいかと思ったが、やっぱり聞こえる。 『静!!!』 夢のあの人の声で嬉しくて体が震える。 そこにいるのかもしれないと思ってゆっくりと振り向く。 でもどうして夢の人の声がするんだろう。 不思議に思う。 それに、あなたは誰なの? 『だれ?』 手が動く。 『待ってる。何があっても待ってるから!』 いつもは穏やかな声なのに今は泣きそうな声をしてる。 何か悲しい事があったのかな? 待ってるって僕のことを? こんなに汚れてるのに? 「静さん? どうかしましたか?」 晴臣さんの声に我に返る。 白昼夢でも見ていたのだろうか。 夢のあの人の声が聞こえるなんて、あり得ない。 本当に存在する人かも分からないのに、その“声”に縋りたくなる。 『何でもないよ』 そう、何でもない。だけどあの泣きそうな声がまだ頭の中で響いている。悲しみが伝染でもしたかのように僕まで悲しい気持ちになる。 「静さん?!」 頬を伝う液体の感触がする。 あれ? 泣いてる? 『声がした』 「声?」 僕はまた振り向く。 「……っ………」 晴臣さんが息を飲む音がした。 『どうしたの? 何かあった?』 何かを見つけたんじゃないかと思って質問をする。 晴臣さんの目に何が映っているのかが知りたかった。 「誰の声がしたんですか?」 『知らない人、でも夢に出てくる人』 「夢ではどんな人なんですか?」 『優しい人だよ。僕の心配をしてくれる。その声を聞くと心があったかくなる』 実在しない人物かもしれないのに、いて欲しいと切に願う。 『いつもは穏やかなのに、さっきは泣きそうな声だった。その声を聞いたら僕も悲しくなった』 「その人に会いたいですか?」 『実在するなら、会って誰なのか聞きたいな。でも顔も知らないし見えないし、これで耳も聞こえなくなったら……もう何も分からないね』 耳が聞こえなくなることは随分と前に覚悟したはずだった。 それなのにあの人の声が聞こえなくなることに恐怖を感じる。

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