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第264話.◆ナイフ
行為は終わったけど、秀明さんはいつもならすぐにいなくなるのに、しばらく隣にいた。
シャワーを浴びないとと思うが、秀明さんが隣にいては動けない。
「静、これをお前にあげよう。好きに使ったらいい」
渡されたものは結構な重量のあるものだった。
胸についた傷を触られて痛みに体が震える。
「この傷を付けたナイフだ」
少し前に刃物が有ればと思ったが、いざ手に入るとどうしていいか分からなくなる。
これを渡した秀明さんの真意が分からない。
捨てたはずの心がざわつく。
「私を許せないだろ? それを使って殺してもいい」
思いもしなかったことを言われて持っていたナイフから手を離す。
ベッドの上だから落ちた音はしない。
秀明さんからは悲しみを感じる。きっと裕美さんが死んだことが原因だと思う。
死にたいのかな?
ナイフを使って自分を傷つけることがあっても、他の人を傷つけることはない。
だからそんなことはしないと首を横に振る。
「そうか、私は行くよ。後藤、静の手当てをしておいてくれ」
「はい」
扉が閉まる音がして、何もかもがどうでも良くなってパタンとベッドに横になる。
「静さん? 大丈夫ですか?」
『晴臣さん。僕は道具になることにした』
「え?」
『心は無くていい………もう疲れちゃった』
最愛の人がいなくなって悲しむ秀明さんを今後拒むことが出来そうも無い。
今までだって拒めなかったけど。
今日だけ嫌だと言った。その結果ナイフで切りつけられて首を締められた。
“死”がすぐそこにあると感じて、ひどくホッとした。
少し手を動かしたらさっき落としたナイフに触った。
まだ使う時ではない。
でも持っていれば気持ちが落ち着く。
「静さん、ここにいる間はそのナイフは俺が預かります」
『これは秀明さんから直接僕がもらったものだよ。僕が持ってる』
「しかしっ!」
『むやみやたらに使ったりしない。約束するから』
「では、自傷行為に使わないと約束してください」
道具はそんなことしないのにね。
『使わないよ。約束する』
「分かりました。でも、もしも使ったら没収しますから」
ナイフを渡したくないと思っていることは手に取るように分かる。
『じゃあ、このナイフは見えないけど、見えたとしたら僕の目の届く範囲にしまっておいて。手の届かない所でも構わないから』
ナイフを拾って晴臣さんの声がする方に手を伸ばす。
晴臣さんによってナイフはこの建物内のどこかにしまわれてしまった。
あんな物は使わない方が良いに決まっている。
分かっているけど、手の届かない所にあると思うと落ち着いたはずの気持ちがざわめく。
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