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第271話.流れる涙

静さんが釧路の病院に入院してからもう2ヶ月半になる。 何度も東京の病院への搬送の話が出たが、その度に熱を出したり呼吸の状態が不安定になるなど問題が発生して取り止めになっていた。 学校も春休みに入り、明日にはみんながこちらにくることになっている。 春休みは寮から卒業生がいなくなり、新入生が新たに入ってくることもあり、寮の担当教諭は忙しくなるのだが、公平にと毎年違う先生が担当することになっている。 今年は鈴成さんの担当では無いため会いに行けると喜んでいた。 「静さん、明日は鈴成さんも拓海さんも、お友達の敦くんや誠くんも来てくれますよ。楽しみですね」 いつものように大きな声で話しかけるが、反応はない。 自発呼吸もかなり弱くなっていて、酸素マスクは外せない状態だ。 春休みは短い。 その間に少しでも良い反応を示せばいいと思う。 考えたくはないが、自発呼吸が止まってしまったら目を覚まさない可能性が高くなる。 “道具になることにした” “心は無くていい” 何もかもを諦めたような静さんの表情が忘れられない。 奥様が亡くなられて秀明様が精神的にもかなりヤバイ状態ではないかと思ったのは、ナイフで静さんを切りつけた時だった。 そうしながら秀明様は嬉しそうに微笑んでいた。 でも奥様のお葬式が終わってすぐに静さんを連れて姿を消すとは思っていなかった。 もっと注意深く見守っていれば、今こんな状態ではなかったかもしれないのに………。 「晴臣」 「明さん、どうしました?」 考え事から覚醒して、明さんを見る。 「しばらく俺が静を見てるから少し休んでこい。風呂にもゆっくり入って来たらいい」 「ありがとうございます。では、そうさせてもらおうかな………静さん、ちょっと行ってきまっ?! 明さん!」 静さんが涙を流していた。 単なる反射かもしれないが、初めてのことで期待せずにはいられない。 「静! 俺達の声が聞こえているのか?」 ナースコールを押すと看護師さんの声がする。 「本島さん、どうかされましたか?」 「あの、涙を流しています。出来れば先生に診て頂きたくて」 「分かりました! すぐに向かいますね」 涙が乾いて消える前にスマホで写真を撮った。 スマホの中の静さんはいつも苦しそうで、いつの日か幸せな笑顔の写真だけになればいいと思う。 すぐに、という言葉はウソではなく、3分以内に先生も看護師さんも来てくれた。 「本当に流してますね」 部屋にあるティッシュで涙を拭くが、また涙が流れる。 「反射の場合は持続的に流れることは考えにくいので、いい兆候だと思います。お2人が献身的な看護をされているからですね」 「明日には静が会いたい人達が来てくれることになっているんです。目を覚ましてくれると嬉しいのですが」 「焦りは禁物ですが状態が安定すれば、皆さんと一緒に東京へ帰ることも出来るでしょう」 先生の言葉には“そうなるだろう”という力強さがあった。 「とにかく、声かけとスキンシップを続けましょう。静くん、君には沢山の人が付いてくれているよ。安心して戻ってきたらいい」 先生が頭を撫でると、また一筋涙が流れる。 まるで静さんが返事をしているようだった。

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