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第272話.暗闇の中

真っ暗闇で音もしない空間。 それが今、自分がいる場所だ。 どこなのかは分からない。 分かるのはここには秀明さんがいないという事だけ。 それだけでも安心できる。 しばらくして、遠くの方で声がするのが分かるようになった。 サファイアを使われて耳も殆ど聞こえない。 聞こえるのは怒鳴り声と近くで物が割れるような音だけだから、本当は声が気になるのに手で耳を塞いで聞かないようにしていた。 どのくらいの時間ここにいるのかは分からないけど、こんな中でも僕は眠るらしい。 未だにあの優しい人が出てくる。 声は聞こえないけどギュッと抱きしめてくれて、頭も撫でてくれる。 何でだろう。その人があの優しい人だって断言できる。 もしかしたら遠くから聞こえる声が優しい人のものかもしれない、そう思って耳を傾けた。 「静さん、今日はとても良い天気ですよ」 「静、親父は逮捕された。もう2度と会うこともない。安心してくれ」 1人は晴臣さんだとすぐに分かった。 もう1人は………秀明さんの息子の………明さん? 秀明さんが逮捕された?! 警察も大野家には逆らえないのに?? 詳しく聞きたいけど、ここにいては無理だ。 船で明さんに抱き締められて見た不思議な映像を思い出す。 何も見えないはずなのにカラーで幸せな家族の団欒だった。 そこにいる僕は心から笑っていた。 笑うってどうするんだっけ? 忘れてしまった。 あと、そこにはもう1人いた。あの人は誰だろう。 思い出そうとするといつものように酷い頭痛がする。 不思議な箱の中身は何なんだろう? 鍵の付いた鎖はあと4つもあった。 どうしたらあの箱が現れるのか、鍵が消えるのかが分からない。 この真っ暗闇の中のどこかにあるのだろうか? 遠くで聞こえる声をちゃんと聞くようになった。 「静、体調が落ち着いたらみんながいる東京の病院に移れるよ」 みんなって誰だろう。僕を待つ人がいるってこと? こんなに汚ない僕はいらないって言われちゃう。 東京に行くことが怖くて仕方がなくなった。 東京には行きたくない そう強く思ったら行かずに済んでいるようだ。 「静さん、明日は鈴成さんも拓海さんも、お友達の敦くんや誠くんも来てくれますよ。楽しみですね」 晴臣さんの声がする。 知らない人達の名前なのに、とても懐かしく感じる。 僕が東京に行かないから来ることになったのかな? 怒って殴られる………ことは無いってどうしてか断言できる。 みんなの名前が頭の中をグルグル回って、心がぽわんと温かくなった。 涙腺が緩んで涙が溢れる。 苦しい以外の涙なんていつ以来だろう。 「静! 俺達の声が聞こえているのか?」 明さんの声だ。 うん、聞こえてるよ。 「静くん、君には沢山の人が付いてくれているよ。安心して戻ってきたらいい」 先生の声。 本当に? 戻って良いの? 頭を撫でてくれる手に安心してまた涙が溢れた。

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