276 / 489
第272話.暗闇の中
真っ暗闇で音もしない空間。
それが今、自分がいる場所だ。
どこなのかは分からない。
分かるのはここには秀明さんがいないという事だけ。
それだけでも安心できる。
しばらくして、遠くの方で声がするのが分かるようになった。
サファイアを使われて耳も殆ど聞こえない。
聞こえるのは怒鳴り声と近くで物が割れるような音だけだから、本当は声が気になるのに手で耳を塞いで聞かないようにしていた。
どのくらいの時間ここにいるのかは分からないけど、こんな中でも僕は眠るらしい。
未だにあの優しい人が出てくる。
声は聞こえないけどギュッと抱きしめてくれて、頭も撫でてくれる。
何でだろう。その人があの優しい人だって断言できる。
もしかしたら遠くから聞こえる声が優しい人のものかもしれない、そう思って耳を傾けた。
「静さん、今日はとても良い天気ですよ」
「静、親父は逮捕された。もう2度と会うこともない。安心してくれ」
1人は晴臣さんだとすぐに分かった。
もう1人は………秀明さんの息子の………明さん?
秀明さんが逮捕された?! 警察も大野家には逆らえないのに??
詳しく聞きたいけど、ここにいては無理だ。
船で明さんに抱き締められて見た不思議な映像を思い出す。
何も見えないはずなのにカラーで幸せな家族の団欒だった。
そこにいる僕は心から笑っていた。
笑うってどうするんだっけ? 忘れてしまった。
あと、そこにはもう1人いた。あの人は誰だろう。
思い出そうとするといつものように酷い頭痛がする。
不思議な箱の中身は何なんだろう?
鍵の付いた鎖はあと4つもあった。
どうしたらあの箱が現れるのか、鍵が消えるのかが分からない。
この真っ暗闇の中のどこかにあるのだろうか?
遠くで聞こえる声をちゃんと聞くようになった。
「静、体調が落ち着いたらみんながいる東京の病院に移れるよ」
みんなって誰だろう。僕を待つ人がいるってこと?
こんなに汚ない僕はいらないって言われちゃう。
東京に行くことが怖くて仕方がなくなった。
東京には行きたくない
そう強く思ったら行かずに済んでいるようだ。
「静さん、明日は鈴成さんも拓海さんも、お友達の敦くんや誠くんも来てくれますよ。楽しみですね」
晴臣さんの声がする。
知らない人達の名前なのに、とても懐かしく感じる。
僕が東京に行かないから来ることになったのかな?
怒って殴られる………ことは無いってどうしてか断言できる。
みんなの名前が頭の中をグルグル回って、心がぽわんと温かくなった。
涙腺が緩んで涙が溢れる。
苦しい以外の涙なんていつ以来だろう。
「静! 俺達の声が聞こえているのか?」
明さんの声だ。
うん、聞こえてるよ。
「静くん、君には沢山の人が付いてくれているよ。安心して戻ってきたらいい」
先生の声。
本当に? 戻って良いの?
頭を撫でてくれる手に安心してまた涙が溢れた。
ともだちにシェアしよう!