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第276話.まるで寝ているようだ
病室に着く前に明が口を開いた。
「実は静の耳はかなり遠くなっているか聞こえなくなっていると考えられるんだ」
「え? そんな………」
「俺達は聞こえてるって信じて、話しかける時は手を握るなり抱き締めるなり必ずどこか触って、大声で話すようにしてる。出来たらみんなもそうしてやって欲しい」
鈴成と拓海は事前に聞いていたが、状況が何も変わっていないと分かり顔を曇らせる。
「俺は最後にゆっくりがいいな」
「敦くんと誠くんは突っ走るだろうし、あの2人の後は僕だね」
「なあ兄貴」
「ん?」
「もしも静の耳が聞こえていなかったら、分かるのは触られてるってことだけなんだよな」
それで目を覚ますのだろうかという不安が拓海には手に取るように分かった。
「鈴、静くんは僕達が思っているよりもずっと強い子だよ。静くんを信じよう?」
鈴成は力なく頷いた。
「ここだよ」
明が病室の扉を開くとベッドに座った静が目に入る。
介護用ベッドだから自力で座っているわけでは無い。
それでも今にも目を開けてこちらを向きそうな出で立ちだった。
「あ、皆さん来てくれましたよ」
「「静!!」」
思った通り敦と誠が駆け寄り両側から抱き着く。
「静だ。会いたかったよ。痩せたな」
「うぇっ、ぐすっ、し、ずくゎぁ〜!」
泣かないと宣言したはずの誠は静の姿を見た途端大粒の涙を流し始めた。
「泣かないんじゃなかったのか?」
小さな声で敦が言うと誠はキュッと抱きつきながら
「ぐすっ、む、りっ」
となるべく小さい声で返す。
「ああ、もう誠! 顔ぐちゃぐちゃだよ」
「だってっ! 静、ちゃんとあったかい、、から」
敦もうっすらと涙を浮かべる。
生きていることは嬉しい。でも、心が傷ついて自分で意識を閉ざすなんてよっぽどだ。
「誠、今はこれくらいにしよう。拓海さんも鈴先生も待ってるから」
「うん」
敦も誠も離れたくなかったが、そういう訳にもいかない。
「鈴、お先に」
「ああ」
拓海は鈴成に一声かけてから静のそばに行き、抱きしめる。
「静くん、生きててくれてありがとう」
率直な思いだった。
自傷行為が絶えないと聞いていたから、自ら死を選んでしまったらという、起こって欲しくないことまで考えていた。
「晴臣さん、酸素マスクは?」
「昨日から呼吸の状態が安定しているので、皆さんにお会いする間だけ外すことにしたんです。こうしていると寝ているようですよね」
頭を撫でる。
痩せた体とは対照的に髪の毛は伸びて肩よりも長い。
さらりとした髪の毛は触り心地がいい。
「鈴、お待たせ」
「いや、大丈夫。2人だけにしてもらえるかな?」
「分かった」
「何かあったら呼んで下さいね」
病室は静と鈴成の2人だけになった。
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