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第282話.静の気持ち

明さんの部屋の扉をノックすると、鈴先生も一緒にいたみたいで、2人で迎えてくれた。 部屋に入ると鈴先生が口を開いた。 「佐々木くん、河上くんは?」 「誠はもう寝ました。一度寝たら朝まで起きないので、大丈夫です」 「あの子は危機管理能力がないね」 クスリと明さんが笑う。 「昔から皆無です。でも不思議と誰かに襲われることも少ないし、そうなりそうな時も未然に助けられることが殆どなんですよね」 「あと君も、あんなあからさまに他人の下半身を見てはいけないね」 「気付いてたんですね?! ごめんなさい。気になってしまって………」 明さんは目の前に立つと俯いたオレの顎に指を当てて上に向かせた。 「言ってくれれば見せてあげるよ?」 少し顔を近づけてニヤリと笑う明さんにドキッとする。 「明さん! 俺の生徒に変なこと言わないで下さい! 兄貴に言いつけますよ」 鈴先生がオレと明さんの間に割って入って怒る。 「冗談じゃないか。拓海と出会ってから拓海以外の人間は抱かないって決めたよ?」 いや、オレだって冗談だって分かってたけど、めちゃくちゃ格好いい明さんに迫られたら心臓に悪い。 「それで? 鈴成くんに少し聞いたけど、静の所に一緒に行きたいって?」 「静の今の状況って中学の時のオレにそっくりだから」 「どういうことか簡単にでいいから聞かせてくれるか?」 部屋の奥にある椅子に3人で座って話し始める。 中学の時は初めてエッチなことしてからその気持ち良さに虜になって、誰彼構わずエッチなことしてた。 温泉や銭湯に行くと下半身チェックだけじゃなくて、見せつけたりして、見知らぬ人とすることもあった。 本気で好きな人ができるなんて思いもしなかったから、その頃のオレは自他共に認めるビッチだった。 でもエッチなことをすればするほど心は空っぽになって虚しくて、それでもやめられなくて………。 全寮制の高校にって思ったのも元々、寮の人達とヤリまくれると思ったからで、かなり最低な志望動機だったと今でも思ってる。 静と潤一と出会って、オレの価値観は180度変わったと言っても過言ではない。 「きっと静もあの時のオレと同じこと考えてるんじゃないかって思って」 「同じこと?」 「うん。好きでもない人とたくさんエッチして、気持ち良くなっちゃって自分は汚ないって。こんな汚ない自分はもう誰かを好きになる資格は無いし、独りでいるのがいいんだって」 オレの言葉に鈴先生も明さんも苦しい表情になる。 「でもそう思っても、人を好きになることは止まらない。オレも潤一のこと好きになって抱かれて、初めてエッチって心まであったかくなるって知ったんだ。潤一は今まで他の人とたくさんエッチしてきたオレごと抱き締めてくれたから」 明さんは少し上を見るようにして何か考えてるみたいだ。 「そこなんだが、静の初めては鈴成くんなんだよな?」 「えっ?! 静って鈴先生とエッチしてたの? いつ?」 「明さん! ………ああ、もう、どうして言うかな。静がいなくなる直前にね。静から抱いて欲しいって言われたんだよ」 鈴先生は頬を赤らめて、それでもちゃんと教えてくれた。 「それって行った先で何をされるか知ってたから?」 「ああ、バカ親父に抱かれるだろうから、初めては鈴成くんに捧げたかったんだよ」 その事を知って静の気持ちを考えるとさっきより胸が痛くなる。 「そうなると、余計に苦しいですね。鈴先生に抱いてもらった綺麗な身体はもう無くなった。それについて自分が自分を許せなくなって殻に閉じこもってるんじゃないかな」 「佐々木くん、今日は俺の代わりに静についてやって?」 「え?! でも」 少し時間をもらって2人で話したいって思っただけなのに。 「きっと少しの時間じゃ終わらないだろうし、今俺と2人になることが苦しいことなら遠くで見守るよ。ただ、俺もそばにいたいから病室の外にいるね」 鈴先生は儚く笑った。 「じゃあ、静の所に行こうか。ほら敦くんもそんな顔しないで」 3人で車に向かう途中、旅館のロビーには晴臣さんがいた。 「晴臣? ちゃんと寝て体を休めないとダメだろ?」 「分かってます。これを渡したくて」 晴臣さんは一冊のノートを鈴先生に渡した。 「これは?」 「手話ノートです。もし、静さんの手が動くようになったら、役立てて下さい。会話が出来るようになりますから」 晴臣さんはそう言うとオレを見た。 「敦さんも一緒に行くんですね? たくさん声をかけてあげて下さい。俺達大人には踏み込めない領域がありますから」 「そのつもりです。あの、誠は一度寝ると朝まで起きないんですが、たまに枕が違うと起きてしまうことがあって。出来たら俺のふりして隣に寝てやって下さい。寝言が多くて普通に喋ってるみたいですが、気にしないで下さい」 晴臣さんに部屋の鍵を託して、オレと鈴先生は静の元に戻った。

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