289 / 489
第285話.【敦の過去編】③
「透ちゃん!!! どこに行ったの?! 出てきてちょうだい!」
母親の金切り声が耳に入る。
あたりを見回すと、道路に向かって歩く透の姿が目に入った。
眞尋さんの存在を忘れて全力で走る。
「敦くん?!」
声が聞こえたけど、それどころじゃない。
「透!」
声に反応して透はこちらを向いてニッコリ笑う。
「にいに」
道路の端でしりもちをついた透にトラックが迫る。
パァン!
クラクションの音が響き渡るが速度はそのままだ。
自分はどうなってもいい
そう思って手を伸ばす。
ギュッと抱き締めてトラックを背にして、そのすぐ後ろをトラックが通り過ぎる。
「バカヤロー! 気を付けろ!」
トラックの運転手の罵声が耳に木霊する。
少し掠ったのか、背中に痛みを感じる。
ただ弟が無事な事が嬉しかった。
「透ちゃん!」
「マンマ!」
透は母親を見つけるとオレのことは忘れてしまったように、トテトテと母親の所に行ってしまう。
背中の痛みに蹲るが、母親が心配するのは透のことだけだった。
「透ちゃん、怪我はない? 大丈夫?」
「母さん」
「敦は一人で大丈夫よね? 私達は先に家に戻ってるから」
痛みに耐えるオレのことはチラッと見ただけだった。
トラックに跳ねられてたら心配してくれたかな?
いっそ死んでしまったらよかったのかな?
「敦くん! 大丈夫?」
心配そうな顔で覗き込まれる。
「大丈夫です」
背中はまだ痛いけど、心配かける訳にはいかない。
「立てる?」
手を差し伸ばされた。
何も考えずその手を取って立ち上がる。
「ありがとうございます」
「さっきの人が問題の家族?」
「え?! ああ、えっと、母親と弟です」
背中の痛みに耐えて歩きながら話をする。
1番近くのベンチに座ると一息ついた。
「兄弟は2人だけ?」
「あと姉がいます」
「そう。真ん中って蔑ろにされやすいよね」
「え? そういうものなんですか?」
世の中の真ん中っ子はみんなオレのように食事は1人別で、誕生日も祝ってもらえない?
いや、そんな訳ない。
学校の友達にも真ん中っ子はたくさんいるけど、オレみたいな扱いを受けてる奴は1人もいないと思う。
誕生日パーティーに呼ばれたことも沢山ある。
それこそ羨ましくて仕方なかった。
帰り道に公園の片隅で泣いたのは1度や2度ではない。
「家にいるのは苦しい?」
普段だったらこんな変な質問には答えなかったと思う。
でも母親からなんの心配もされなかった事が、分かっていたとはいえ悲しくて思考回路を閉ざしていた。
だから、オレは気が付いたら頷いていた。
「じゃあ、学校帰りに俺とまたこうして話さない? 図書館で勉強を教えてもいいし」
「眞尋さんの時間を取ってしまうから悪いです」
「言い方が悪かったかな? 俺が敦くんと一緒にいたいんだ。だから、ね?」
絶望に包まれたオレにこの提案を跳ね除けることは出来ず、優しく微笑む眞尋さんに頷くことしか出来なかった。
優しい笑顔に裏があるなんて思わなかったから………。
ともだちにシェアしよう!

