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第287話.【敦の過去編】⑤
眞尋さんがいなくなると、先生と2人きりになる。
「ねぇ敦くん。体のアザのこと聞いてもいい?」
「え? あ………」
背中の手当てをするのに見ていない訳がなかった。
下着のシャツで隠れる所にしか付いてないから、学校でバレることはない。
プールの授業がある夏はアザが付くようなことはされないけど。
「お父さん?」
ふるふると首を横に振る。
「じゃあ、お母さん?」
頷いてしまったらまたもっと殴られるって思って必死に首を横に振る。
「そっか。分かった。もう聞かないよ。学校は楽しい?」
話題が変わってホッとする。
「うん。勉強は苦手だけど、友達と一緒にいるのは楽しい」
家にいる苦痛を考えれば、外は楽しいことだらけだ。
「今から勉強頑張れば、どんな高校でもいけると思うよ。例えば全寮制とかね」
「ぜんりょうせい?」
「うん。学校の敷地に建てられた寮で暮らして、学校に通うの。家に帰るのは夏休み、冬休み、春休み位かなぁ」
何それ!
家に帰らなくていいの?!
でも、成績良くないと無理だよなぁ………。
「さっき連れてきてくれた人って知り合い?」
「眞尋さん? 眞尋さんは道教えてあげて、たまに話をしたいって言われた」
「あの子に勉強教えて貰ったら? お母さんにも会わせて図書館で勉強するから、帰りが遅くなることもあるって彼に言ってもらえばいいよ」
そういえば勉強教えてもいいって言ってた気がする。
今まで勉強なんてしたくないって思ってたのに、俄然やる気がみなぎってきた。
スマホを取り出すが、連絡先の交換をしていなかったことに気がつく。
今度会えるのがいつか分からないけど、会えたらお願いしよう。連絡先の交換もね。
「お腹空いてない?」
「少し」
「じゃあ、一緒に食べようか」
「え?!」
一緒に食べる? 学校ではみんなで食べるのが普通だけど、他ではオレは独りで食べないといけないんじゃないの?
「どうした? おじさんとじゃ嫌だとか言う?」
「先生はおじさんじゃなくてお兄さんだと思うけど?」
「そんな嬉しいこと言ってくれるの? ありがとう」
「いえ、思ったこと言っただけです」
先生は嬉しそうに笑ってる。
優しい大人はなんだかくすぐったい。
「敦くんは何が食べたい?」
1番返答に困る質問をされた。
家だとカレーかパスタが多い。たまに丼物が出てくることもあるけど、その全てがレトルトとか冷凍食品だと思う。
学校の給食の方が何倍も美味しい。
「敦くん?」
「先生の食べたいものでいいです」
「そう?」
なんか声がする??
「悠人 さん! いた。ご飯出来たよ。来ないと抜きだから」
「颯 、今日はこの子も一緒でいい?」
「構わないよ。冷めるから君も早く来て」
なんか訳が分からないまま、先生の食卓に一緒に座ることになった。
テーブルには純和風な食事が並んでる……んだと思う。
卵焼きと煮物に味噌汁、あとはサラダみたいなものとかがある。
「君、名前は?」
「敦です」
「たくさん食べて」
ちょっと前まで難しい顔をしてたのに、笑った顔はすごく可愛らしかった。
なんか誠を思い出す。この人は天然なのかも………?
「いただきます」
手作りの家庭料理を食べるのは初めてだと思う。
食べたら驚くほど美味しくて、涙が出てきた。
泣くのは慣れている。声を上げずに涙だけが流れていく。
「え? 何? 泣く程美味しいの?」
コクンと頷いて食べ続ける。
少しだけなんて思ってたのがウソのようにたくさん食べた。
笑い声が響く食卓なんてオレには縁がないものなのに、知ってしまった。笑顔で食べると食事がより美味しくなるって………家に帰ったらまたあの生活が待ってるのに。
知ってしまった喜びはまたオレをどん底に突き落とす。
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