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第288話.【敦の過去編】⑥
✳︎悠人先生視点です
「敦くん、おやすみ」
確かめたくてもう一度頭を撫でる。
「おやすみなさい」
笑顔で返されるが、やはり手を振り上げると体を強張らせて恐怖に怯える目をする。
病室を出るとさっき電話した敦くんの母親のことを思い出した。
『敦が、入院ですか………保険証は本人が持っているはずなので、私が行く必要は無いですね』
心配なんて微塵もしていない。
「体のアザの件でお話がしたいのですが」
『……っ………分かりました。明日の昼頃にお伺いします』
息を飲むのが分かった。
「透くんは玲ちゃんに任せて、お一人で来て下さい。明日は祝日なのでそれで大丈夫ですよね?」
『分かりました』
少しイラつくのが分かる。こういうことがあった時に殴っているのだろうか?
敦くんのことを考えるとこのまま家に帰すわけにはいかない。
「悠人? 敦は?」
「颯。敦くんは病室に戻ったよ」
「あの子虐待に遭ってるよな? たぶん食事も別なんだと思う。俺のお粗末な料理が泣く程美味い訳がないからな」
「颯の料理の腕はかなり上がってきてるよ」
ポンポンと頭を撫でると上目遣いで見上げてくる。
「本当に? 悠人まだ美味しいって言ってくれないから」
残念だけど、手放しで美味い! とは言えないかな。
「もう少しかな。敦くんの方は、母親と話してみることにした」
ぎゅっと手を握られる。
「ん?」
「ちゅーして」
両頬を手で包むようにして。触れるだけのキスをした。
颯も母親から虐待を受けていたから、思い出したのだろう。
キスは親愛の証で、することによって精神的に落ち着く。
まあ恋人にしか出来ないし“颯の場合は”だけど。
今日は祝日なので、急患が来ない限りは休みになる。
休みだとはいえやる事はたくさんあるから敦くんの母親が来るまでそんなに時間がかかったとは思わない。
インターホンの音で我に返って壁にかかった時計を見ると12時半だった。
「来たか」
敦くんは颯とお昼を食べてる。3時位まではこちらに来ないようにしてもらうように颯に話してある。
ドアを開けるとイラつきを隠しきれない透くんママがいた。
「敦はどこ? どうせ大した事ないんでしょう? 連れて帰ります」
「その前に話をしたいと言ったはずですが?」
努めて穏やかな声を出すが、透くんママは眦を吊り上げて般若の様になっている。
「体のアザのは躾よ。あの子が言うこと聞かないからいけないのよ!」
「躾ですか………。それにしては下着から少しも見えない様に付いていて、計算されてるように見えましたが? それと、躾は敦くんにだけですか? 玲ちゃんにも透くんにもあんなアザは見たことがありません」
「それは敦の出来が悪いから。お姉ちゃんも透ちゃんもいい子だから躾なんて必要ないのよ。だいたい、うちのことに悠人先生が口出しをしないで頂きたいわ」
冷たい目をした透くんママはきっと敦くんがいつも見ている姿なんだろう。
「あのアザのつき方は毎日毎日殴らなければ付きません。私には虐待としか思えない。通報も考えてますよ」
「な、何を言って?!」
「あの!」
こんな修羅場に敦くんが乱入してきた。
颯を見るとゴメンと手を合わせている。
逃げられたか。
「コレは母さんが付けたものじゃないから。……イジメ、そう、イジメに遭ってるんだ」
「なら、学校に連絡するよ?」
「え? そんなことしたらもっと大変な目にあっちゃうからやめて下さい」
思い付きで言ったんだろうけど、そう言った時透くんママがニヤリと笑ったのを見逃さなかった。
「イジメに遭ってるって聞いてあなたは心配じゃないんですか? 笑ってましたけど。それとあなたは躾をしたと言ってましたね。敦くんとは意見の食い違いがありますが?」
1つ息を吐き出すと敦くんに向き直る。
「お母さんとは僕が話をするから待っていてくれるかな? ちゃんと後で話すから、ね?」
不安そうな顔をしながらもコクンと頷いた。
「颯、敦くんのことお願いね」
「分かった」
颯も怖いのか透くんママにはなるべく近づかないようにしている。
敦くんを見る目は絶対零度で、視線だけで凍てつきそうだ。
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