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第289話.【敦の過去編】⑦

「とりあえずこちらに、座って下さい」 透くんママは何も言わずに付いてくると、たまに話し合いの場所として使っている部屋に入り、向かいの席に座る。 ここはカメラが設置されていて、録画も出来る。 今回も勿論録画している。 敦くんのアザの写真と今回の録画があれば、敦くんを母親から引き離せるだろうと考えていた。 「悠人先生は敦を帰すつもりは無いってことですか?」 「そんなことは言ってません。あなたが躾という名の暴力を止めると約束して頂けるのなら、喜んで家に帰ってもらいますよ」 ニッコリと笑って透くんママを見るが、未だに冷たい目をしている。 「敦くんは出来が悪いと言っていましたね。では、もしも透くんが敦くんよりも出来が悪かったら同じように躾をされるんですか?」 自分の思い通りにならないことは排除する、その考え方は親が持てば子供が危険で、子供が持てばその子に関係する他の子や親が危険になる。 全てを何でも受け入れることがいいとは言わないが、他人を傷つける考えは持たないに越したことはない。 質問に全く答えようとしないので、別の質問をする。 「敦くんの背中の傷については? 知っていましたよね? どうして手当をされなかったのですか?」 「大したこと無かったからよ」 一枚の写真を机に置いて透くんママの目の前に滑らせる。 「これが大したことない、ですか?」 治療前の状態だ。 傷から血が出ていた証拠に赤黒く変色していて、傷の周りも赤く炎症を起こしている。 傷の大きさも背中の端から端まででかなり大きい。 聞けば透くんを庇ってトラックが掠ったということだった。 掠ったと聞いただけでは大したことなく感じるが、スピードを出したトラックが掠ったのだ。ただで済むわけがない。 傷に目がいくが、背中にも殴られた跡がたくさん残っている。 その写真は目を覆いたくなる程、悲惨なものだった。 「え? これが? だって敦は痛いとも何とも言わないから」 「言わなかったんじゃない。言えなかったんだと思いますよ? あなたが怖いから。ここに運ばれて来た時には放置してあった傷が炎症を起こして、熱も39℃を越えていました。本当に何も気が付かなかったんですか? 育児放棄とみなされてもおかしくありませんよ?」 これが玲ちゃんや透くんであればすぐに連れてこられていただろうと思うとやるせない。 もう1枚の写真も母親の前に置く。 「この殴られた跡が躾だとあなたは言いましたね?」 背中側とお腹側の写真を並べる。 「改めて見てどう感じますか? これが玲ちゃんや透くんだとしたら?」 「あの子はイジメに遭っていると言ってたわ」 「この跡は子供の手にしては大きいものです。大人が付けた跡ですよ」 歯をギリッと噛み締める母親が何を考えているのか分からないが、おそらくどう言えば切り抜けられるか、それしか考えていないのだろう。 「イジメが本当だとして、こんなにも跡が残るほどに殴られた状態を見てもあなたは冷静ですね」 母親はそれでも何も気が付かないのか不思議そうな顔をしている。 「親として子供が傷つけられても平気ですか………敦くんはあなたにとってどんな存在なんですか?」 「敦は望まない子よ。どこをどう見ても私に似た所がないじゃない!」 顔の造作のことを言っているのだろうか? なんて理不尽な言い分なのだろう。 「あなたが産んだ、あなたの子供ですよね?」 「そうよ。なのに大嫌いな姑にそっくり。隔世遺伝だって言われて主人の家ではアイドル扱いよ。あんな子は産まなきゃ良かったわ」 敦くんがお祖母さんに似ている。それが虐待の理由。 「敦くんは産まれてくる時に顔を選べる訳じゃない。その事は分かってますよね? それなのにその事を理由に毎日殴られているんですか?」 「だってあの顔を見るとイライラするのよ」 「顔も見たくない? なら私が敦くんをもらってもいいですか?」 「え?」 言った自分も驚いた。でも売り言葉に買い言葉ではない。 本当に虐待だと分かったら養子として引き取ってもいいと、何故だか本気で思っていた。 「暴力を振るうのを止められないのなら、養子として引き取って私が家族になります」 「あんな取り柄のない平凡な子を?」 「そう思っているのはあなたですよね? 私は敦くんにも可能性が沢山あると思いますよ。あの子の人生はまだ始まったばかりですから」 たかだか12歳や13歳で人生は決まらない。 「敦は私の子よ。そんな簡単にあげられないわ」 失うかもしれないと思うと大切にしたくなる。そう思ってくれればいいのだが………。 「ご主人とも話してみて下さい。私は本気ですよ。治療も必要ですから、敦くんにはしばらく通ってもらいます。頭を撫でようとするだけで怯えることが無くなるといいですね」 「一緒に帰ってもいいのかしら?」 「傷の状態があまり良くないので、もう少し入院です。2、3日で帰れますよ」 「そう。さっきのことは一応主人にも言ってはみるわ。でも渡すつもりはありませんから」 ここに来た時よりは母親の顔をして帰っていった。 今後敦くんが苦しまなければいいと切に願う。

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