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第290話.【敦の過去編】⑧
✳︎前半は母親視点、後半は敦視点です
病院の帰りに悠人先生に言われたことを思い出す。
『産まれてくる時に顔を選べる訳じゃない。その事は分かってますよね? それなのにその事を理由に毎日殴られているんですか?』
分かっている。
敦があの顔で生まれてきたいと思っていた訳じゃないことも、それを理由に叩いたりすることが間違っていることも………。
何度も止めようと思ったし、玲や透ちゃんと同じように愛そうとも思った。
でも、出来なかった。
あの顔で笑いかけてくることも顔色を伺う仕草も怯えた目も何もかもがイライラの要因になる。
透ちゃんを助けたあの時くらいは心配になった。
でも痛そうに座り込むあの子を見て、心がスーッとしていた。
家に帰ると主人も休みだから家にいた。
「敦は? 一緒じゃ無いのか?」
「傷の具合が良くないからってあと2、3日は入院って」
「そうか。あの子にはその方がいいかもな。お前も離れて色々と考えた方がいいだろ?」
「あなた、先生に暴力が止められないなら敦を養子として引き取りたいと言われたわ」
言葉にすると自分が酷い母親だと突き付けられて涙が出てくる。
「お前はどうしたい? ずっと止めたくても止められないと悩んでたろ?」
「出来ることならすべてやり直したい。でも、止められる自信がないわ」
敦を疎外して叩いて、夏には冷水を浴びせる事も当たり前で、それをすることで心の安定を図ってきた。
その全てを止めたとして、これから何をして心の安定を図ればいいのかが分からない。
同じ事の繰り返しになってしまうかもしれないという思いでいっぱいだ。
でもやっぱり手放す事なんて出来ない。
「それでも敦を手放すなんて出来ない」
「分かった。俺も協力する。まずは退院の時に一緒に迎えに行こう。ちゃんと謝って抱き締めてやろう」
「えぇ、そうするわ」
「俺も知っていながらなんの対策も取らなかった。敦にとっては俺達2人共怖い存在なんだろうな」
夫婦で敦の扱いについて話し合ったのは初めてのことだった。
2人でもう敦を傷付けないと誓いを立てる。
誓いを破る事があった時には悠人先生にその事を伝える。
そう決めた。
2人の話を聞いていた姉の玲はポソッと呟く。
「敦、良かったね。私も後で抱き締めてあげる」
玲も敦の扱いはおかしいとずっと思っていたのだ。
ーーーーー《敦視点に変更》ーーーーー
「先生? 母さんは?」
「帰ったよ。敦くんは家に帰りたい?」
「どうだろう………でも帰らないと玲姉ちゃんと透が危ない目に遭うかもしれないでしょ? そんなことはあっちゃいけないから」
自分が殴られるのはもう慣れたから大丈夫だけど、あの2人にはそんな目に遭って欲しくない。
「怖くないの?」
「そんな事を思う余裕もないから。ただ、何度も何度も自分はいらない子だなって思い知るのは辛いかな。胸が痛くて仕方なくなる」
先生には本音が言える。
きっと他人だから。優しいって知っているから。
「お母さんに僕が伝えたいことは全部言ったよ。退院の時までに今後どうするかが分かると思う。お母さんの決定によっては敦くんと離れて貰うこともあるかもしれないから」
「え?」
本格的に捨てられるのか………その覚悟を決めておけってことだよね?
母さんがオレを選ぶなんてことある訳がないもんな。
施設に入ったりしなくちゃいけないのかな?
名前も、もう佐々木って名乗れなくなる?
どうしよう。泣きそうだ。
先生はまだ何か言ってたけど全く耳に入ってこなかった。
食事は悠人先生と颯さんと3人で食べるけど、それ以外の時間は病室で過ごしている。
悠人先生から明日の昼頃退院だと言われた。
母さんと父さんの2人が来るらしい。
どうして2人で来るんだろう。
考えた結果、もう二度と会うことも無いから最後くらいは2人で会っておこうってなったとしか結論が出なかった。
明日の昼にはオレに家族はいなくなる。
元々家族と言えるのかも疑問だけど、もう何の縁も無くなると思うとやっぱり悲しい。
夜は泣き疲れて眠りについた。
夢で母さんと父さんが柔らかい笑顔でオレを見ていた。
有り得ないことだけど、きっと心の奥底ではこうなって欲しいって思ってるんだろう。
朝目が覚めて何度も顔を洗ったけど目は多少赤いままだ。
2人が間近に来ることも無いだろうから問題ないよね?
笑顔で別れが出来るように、何と言われようと平常心でいられるように何度もシュミレーションをした。
オレは大丈夫
颯さんが呼びに来たから、そう何度も言い聞かせながら応接室に向かった。
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