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第291話.【敦の過去編】⑨

応接室に入ると悠人先生と母さんと父さんがいた。 2人が椅子から立ち上がってこちらを向いた。 「「敦」」 2人の声が重なって呼ばれた。 たぶん初めてだと思う。 「何も言わなくていいよ。分かってるから」 2人があからさまにホッとするのが分かる。 それに伴って頬も緩んで微笑んでるみたいになった。 別れを告げられるのはやっぱり辛いからオレから言わないといけないのに中々声が出ない。 何度もシュミレーションしたのに…………。 「えっと、オレは1人になっても大丈夫だから。もう会うことも無いんだよね? 何処に行くことになっても迷惑かけないし」 「え?!」 「何を言ってる?」 え? 何で? 2人共怒ってる? 「ごめっ、、ごめんなさい! もう消えるから、消えるから許して」 堪えてた涙が溢れて止まらない。 2人の顔も滲んで見えなくなる。 それでも手が伸びてくるのが分かる。 最後にまた殴られるの? そんなにオレのこと嫌いなんだ。 手から逃れる為に後ずさる。 無我夢中で逃げた。 「敦くん?! 違うんだ、待って」 悠人先生の声が聞こえた。 違うって何が? 別れの言葉をちゃんと聞きなさいってこと? 走って走って辿り着いたのは透が事故に遭いそうになった場所だった。 消えるって言っちゃったからね ガードレールのすぐそばまで歩く。 ガードレールとガードレールの間に立つ。 一歩踏み出せば言葉通り消えることが出来る。 「敦? 何で1人なの? お父さんとお母さんは?」 「玲姉ちゃん? と透!」 「にいに、つかまえたの」 ためらったから、一歩が踏み出せなかったから、オレの足には透がくっついてる。 足蹴に出来ないし無理矢理引き剥がすことも出来ない。 母さんと父さんと悠人先生もいつの間にか全員が集まってしまった。 「透、ママのところに行っていいよ」 「やっ、にいになの」 痛いくらいにギュッとされる。 みんなに別れの挨拶をしないといけないのかな。 「敦、お願い、聞いてちょうだい」 母さんが真っ直ぐオレのことを見たのは何年ぶりだろう。 「ごめんなさい」 「え?」 「私が悪かったわ。もう敦のこと傷つけないって約束する。だから変なこと考えないで」 母さんが謝った?! ウソだ。きっと夢だよ。 「母さんはオレのこと嫌いでしょ? いつも産まなきゃ良かった、話しかけないでって言ってるじゃないか」 オレはいつだってストレス発散の為の道具に過ぎない。 「敦」 「父さんだってオレのこと何とも思ってないよね?」 母さんにされてたこと知ってるはずなのに、何もしなかったのがその証拠だ。 そうだよ。知らない訳がない。一緒にご飯食べたこともないし、誕生日もクリスマスもプレゼントを貰ったことが無いんだから。 母さんが近付いてくる。 逃げたし変な事も言っちゃったから殴られるよね? 最後までいい子になれなくてごめんなさい。 「敦」 ギュッと目を閉じて衝撃に備えたけど、いつまで経ってもそれはやってこなかった。 代わりにふわりと優しく何かに包まれた。 恐る恐る目を開けると、自分が母さんに抱き締められていることが分かった。 「え?! 何で?」 抱き締められたそれごと父さんにも抱き締められる。 訳が分からない。 こんなあったかいのは知らないよ。

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