296 / 489
第292話.【敦の過去編】⑩
胸の中まであったかくなる。
現実なのかな???
「敦、ごめんね。何度謝っても私の事許せないかもしれないけど、あなたのことも大切だから」
母さんの優しい声。
今までオレに向けられることなんて有り得なかった。
1度は別れを覚悟したけど
一緒にいられるのかな
本当はずっと殴られ続けても
どんな罵声を浴びせかけられても
母さんと父さんと離れたくなかった
言葉にしようとしても上手く声が出ない。
息を乱すことなく泣くことなんていつもの事だから、普通に声が出るはずなのに。
「敦、お前にとって酷い親ですまない。これからは何でも思ったこと言っていいよ。わがままも言って構わない」
父さんに頭を撫でられた。
父さんの手は大きいね。
母さんと父さんから与えられるものは初めてのことだらけで、どうすればいいのかが分からない。
「……これからも、一緒にいていいの?」
「当たり前でしょ」
「もちろん」
キュッと母さんの腕に力が入る。
「母さんの手作りのご飯、一緒に食べられる?」
オレのわがままな願いなんて、他の人からみればきっと“わがまま”でも何でもないと思う。
普通のこと。それが贅沢な事だってみんなは知らない。
「敦が食べたいもの作るわ」
食べたいもの………? よく分からない。
「母さんが作ったものならなんでもいい」
「にいに、いっしょ、かえる」
透は他の子よりも言葉を覚えるのが遅い。
でも気持ちを伝えようとする努力は人一倍する。
透の声で父さんと母さんが離れる。
体感としては寒さを感じるけど、心はポカポカあったかい。
「うん、一緒に帰ろう」
頭を撫でて立ち上がらせる。
透の笑顔につられて自分も笑顔になる。
今までは母さんに怯えて家族の前で本当の笑顔になったこと無かった気がする。
「敦、後で一緒にテレビ見ようか」
「玲姉ちゃん。勉強はいいの?」
「息抜きしないとね。それに今日は見たいドラマがあるの」
玲姉ちゃんには大好きな芸能人がいるらしい。
オレはテレビなんて殆ど見たことないから、そういうのはよく分からない。
こんな会話が出来るようになるなんて、数時間前のオレは思いもしなかった。
「敦くん、良かったね」
悠人先生が嬉しそうに微笑んでる。
「相談とかあればいつでも来ていいからね」
「うん、ありがとう」
先生がいなかったらこんな風にならなかったと思う。
ーーー(現実に一時的に戻ります)ーーー
「今はね、仲良しだよ。透も小学生になったし、玲姉ちゃんは一流大学に行ってる。母さんも父さんも家に帰ると喜んでくれるんだ」
静は優しいから心配してくれてそう。
「最近将来のこと考えるんだ。オレみたいな境遇にいる子ってたくさんいると思う。そういう子の話し相手になりたいんだ。拓海さんはお医者さんだけど、オレは一般人として同じ目線でね。心理学とかは勉強しないといけないだろうけど」
言葉にするとちょっと恥ずかしい。
「まだ話してもいい? まだ時間はあるし、続きは明日にしようか?」
静の手がオレの手を握る。
今でいいって言われた気がしたから続けることにした。
「家族と本当の意味で家族になって、今までは勉強なんて嫌いでしてなかったのに、勉強をしようって思ったんだ。で、悠人先生の言葉を思い出した。眞尋さんに会ったらってやつ。もう分かったかな? オレの初めては眞尋さんに半ば強引に奪われたんだ………」
ともだちにシェアしよう!

