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第304話.気持ち

「ここだと誰が通るか分からないから、話しにくいよね」 潤一がまたどこかで聞いているかもしれないと思うと、声も出なくなる。 頷くと手を引かれた。 「この病院は僕が務めている病院の系列でね、何部屋か使っていいって言われてるんだ」 「そう、なんだ」 階段を上ってすぐの部屋に入ると、拓海さんは鍵をかけた。 「これで、誰にも聞かれないよ」 そこは病室だけどベッドはなくて、机と椅子が置いてあった。 「ごめんなさい。オレなんかの為に時間割いて貰っちゃって」 前に相談した時みたいに向かい合って座る。 「敦くん、“なんか”って言うのはやめよう?」 「え? でも、オレは汚くて、みんなのそばにいる資格なんてないし………本当は明るいオレなんてどこにもいないし、心のどこかで捨てられることをいつも考えてる」 言葉にすると自分が暗くてどうしようも無い人間だって分かる。 「さっきだって、潤一は心配してくれて、いつもと同じ態度で接してくれてたのに。綺麗な潤一がオレのせいで汚くなるのが嫌で。嬉しいのに苦しい」 胸が痛くてTシャツを掴む。 言ってることだって支離滅裂だ。 「長谷くんは敦くんを追おうとしてたけど、それを止めたのは僕だよ。本当は長谷くんに追ってきてもらいたかったんじゃない?」 そう言われて、追ってこないことが分かった時の落胆を思い出す。 「長谷くんのこと好きなんだよね?」 「………好きだなんて言っていいのかな? 潤一はもう愛想が尽きて、オレのことを好きだっていうのは間違いだったって思ってるよ」 「長谷くんの気持ちは、今は考えないで。僕が聞いているのは敦くんの気持ちだよ?」 オレの気持ち…………? そんなの決まってる。 「オレは………潤一のこと、大好きだ。それはどう思われようと変わらない………よ。でも、一緒にいちゃダメだって思う」 「長谷くんが一緒にいたいって言っても?」 「きっとそんなこと言ってくれないよ。中学の時の経験人数は両手両足じゃ足りないんだから」 「確かに過去は消せないね。でも大事なのは今じゃないかな。今は長谷くん以外の人とって考えられる?」 潤一以外の人とセックス?! 出来るわけない! 考えただけでも気持ち悪い。 ぶんぶんと首を横に振る。 「潤一に抱かれて初めて心も満たされた………し、すごく嬉しかった。そんな人もう現れないと思う」 だからこそオレに縛られちゃいけないと思う。 「もう中学生の時みたいに考える敦くんはいないでしょ? 眞尋さんだっけ? 僕が聞いた限りではあの人とのことはレイプだったよ。動けなくして襲うなんて、本当に卑劣な手口だ」 「気持ち良くなったのは?」 「経験の差があるでしょ? だいたい、薬をもって動けなくした時点で犯罪だから」 温厚な拓海さんが怒ってる。 オレの為に怒ってくれてる。 今まで眞尋さんとのことをレイプだったなんて考えたこと無かった。 「敦くん?」 「はい」 「どんな人生でもね、必ず何度でもやり直せるんだよ。やり直せない人生は無いから」 「え?!」 やり直せない人生は無い? どこ? 母さんのこと? いろんな人とセックスしたこと? 「やり直したいと思ったところが、新しい人生の始まりになるんだ。難しいけど、それまでの事は忘れるように努力をする。1人で難しければ回りに頼ればいい。好きな人と一緒にいられるなら、その人に寄りかかればいい」 拓海さんや鈴先生に頼って、潤一に寄りかかる? そんなこと本当にしていいのかな? 「………迷惑かけちゃうから」 「僕は迷惑だなんて思わないよ。敦くんは嫌かもしれないけど、僕の中で敦くんと静くんと誠くんの3人は息子だから。無条件で愛してるんだよ………ふふっ、自分で言っておきながら恥ずかしいね」 綺麗に微笑む拓海さんは聖母マリア様みたいだ。

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