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第305話.笑うこと、泣くこと
「オレ、拓海さんが親だったらなって思ったこと何度もあるんだ。確かに本当の親とも和解したし、大切だけど………無償の愛を感じるからかな」
照れて下を向く。
「そんな風に言ってもらえて嬉しい。ご両親に甘えられないなら、僕に甘えていいよ」
「甘え方がよく分からないからそれは難しいけど、ありがとうございます」
拓海さんの優しさは温かくて、胸の中までぽかぽかになる。
「うん、その笑顔は本物だね」
「あ、もしかして作り笑顔に気が付いてました?」
本当に心を許した相手以外の人には明るいふりをして、昔から培ってきた作り笑顔で話をしている。
それが“作り笑顔”だと気が付かれることはまずない。
作り笑顔はオレにとっては鎧のようなもので、自分を守る為に必要なものだった。
「気が付いてたよ。僕にはすごく苦しそうに見えたから。笑わないと嫌なことが起きるって思ってるのかな?」
「母さん相手だと笑っても殴られたけど、笑ってる時と笑ってない時では、殴られる回数が笑ってる時の方が少なかったから。後は学校の友達も笑ってないと相手にされなかったから」
殴られることには慣れていたけど、笑顔でいないと学校では仲間はずれにされてしまう。
イジメ程ではないけど、やっぱり1人になるのは怖かった。
「学校は1つの閉鎖された空間だから、お母さんにされている事がバレてしまうことも、仲間はずれにされることも怖かったね」
「うん。今でも潤一とか誠とか静とは関係なく1人で何かしなくちゃいけない時は怖くて、どうしたらいいか分からなくなる」
臆病な自分を隠すためにも笑顔は必須だった。
その笑顔とは対照的に人前で泣くことは殆ど無い。
涙を流すことは結構あった。
でもそれを誰かに知られる訳にはいかなくて、いつも部屋の片隅で声を出さずに流していた。
最近は潤一や誠の前で泣くこともある。静が帰ってきたらもっと増えるかも。
オレが泣くなんて似合わないから、本当なら泣かずにいたいけどそういう訳にもいかない。
「泣きたくなることも増えた?」
「増えたと思う。静のことを思って泣きたくなって、急に昔のことを思い出しても泣きたくなる。でもオレが泣くなんて似合わないでしょ?」
「どうして?」
「だって、いつも笑ってるのがオレだから」
笑ってないと自分らしくない。だから楽しくなくても笑わないといけないし、泣くなんて言語道断だ。
「泣いていいんだよ」
「ダメっ。泣いてることは知られちゃいけない。本当は潤一にも誠にも知られちゃいけないんだ」
どうしてか泣きたくなる。
一瞬拓海さんの前では泣いてもいいかもなんて思ってしまう。
でもそんな甘えは許されない。
ぎゅっと手を握り締める。
爪が手のひらに食い込んで痛いけど、その位が丁度いい。
「敦くんにとっては笑うことも泣くことも辛いこと?」
「………そうかもしれない」
拓海さんの笑顔が悲しそうになる。
「でも、高校に入ってからは中学の頃よりも心から笑ってる気がする。特に静と誠と潤一といる時は」
「そっか。なら良かった。その時間がどんどん増えるといいね」
頷いてから、潤一にもう愛想を尽かされて捨てられる目前だと思い出す。
「また変なこと考えてるね?」
「潤一に捨てられて生きてられるかなって思って。でも初恋なんて実らないものだって言うし、自業自得だからオレが悲しむなんて間違ってる」
間違ってるって分かってるのに、涙がこぼれる。
今日は泣いてばかりいるな。
オレってこんなに弱かったっけ?
「長谷くんが敦くんを捨てるなんて有り得ないと思うけどなぁ。少しでもそばにいたいって思ってるなら、本人に聞いてみたら?」
「何を?」
「長谷くんのそばにいる条件だよ」
条件………か。少しでもそこに近付けるように頑張れば、卒業まではそばにいることを許してくれるかな?
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