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第308話.明さんの助言
✳︎時間経過に注意
佐々木くんの話は聞いているこちらが苦しくなるようなものだった。
いつも明るい彼が無理をしていたなんて思いもしなかった。
教師として、担任としてもっと一人一人と向かい合う必要があると痛感した。
つい先程到着した長谷くんも、兄貴と明さんもみんな佐々木くんの話を聞いていた。
長谷くんはまるで自分の事のように苦しそうな顔をして聞いていた。
好きな子の赤裸々な告白は聞きたくないことも含まれていたかもしれない。
それでも耳を塞ぐこともなく、長谷くんは最初から最後まで全て聞いていた。
「そしたら、鈴先生と代わるね。長い話聞いてくれてありがとう」
話が終わって、佐々木くんがドアに向かって歩くのが磨りガラス越しに見える。
長谷くんはドアの目の前に立っていた。
立っていたというより、立ち尽くしていたという方が正しいかもしれない。
病室から出て来た佐々木くんを長谷くんは抱き締めた。
「え?…………何で? どうしているの?」
「敦」
驚いて困惑するような声で佐々木くんは呟く。
それに対する長谷くんの答えは名前を呼ぶことだった。
その声には揺るぎない想いが込められているように感じた。
「どこから聞いてたの?」
「始めから」
「って、母さんとのところから?」
「そう」
ここからは佐々木くんの表情は見えない。でも、話を聞かれていたことに戸惑っているのは分かる。
「ずっと、泣く時に涙だけ流すの気になってたんだ」
泣いた姿なんて見たことが無かった。
声を上げずに泣かないといけないなんて、苦しかったろう。
「ごめん。今まで話さなくて。驚いた?」
「お母さんのことはね。後半は噂とかでも聞いてたし、何となくだけど知ってたから」
佐々木くんの噂は俺の耳にも入ってきていた。
誰とでも寝る淫乱ビッチ………馬鹿げた噂だと信じなかったが、中学生の時の事を知っている誰かが流したのだろうか。
いずれにせよ、悪意のこもった噂だ。
「こうするの大丈夫?」
頭を撫でる腕に緊張が垣間見える。
「大丈夫だよ。潤一のこと怖いとか思わないし」
「無理してない?」
心配で心配で仕方が無いのだろう。
「そんなことない!………あ、ごめん」
少し大きな声を上げた佐々木くんは、混乱しているようだ。
「敦?」
「ごめん、ちょっと1人になりたい」
佐々木くんは俺がいるのとは反対の方向に走って行ってしまった。
「敦!」
追いかけようとした長谷くんの腕を兄貴が握った。
「今、長谷くんが追いかけるのは逆効果だよ? 僕が話をして来るから待っててくれるかな?」
「拓海先生………俺、敦のこと傷つけちゃった」
でかい図体していても長谷くんはまだ高校生で、好きな子への接し方に悩むことも多いのだろう。
「大丈夫。僕に任せて」
兄貴は自分よりも背の高い長谷くんの頭を撫でてから、佐々木くんを追った。
まるで大型犬の頭を撫でたようなその光景は微笑ましかった。
「長谷くん、まだ静に会って無いよね? 会って声をかけてやって?」
「鈴先生」
今にも泣きそうな顔をしている。
「大丈夫だよ。兄貴に任せれば」
「はい」
長谷くんと一緒に静の病室に入ると、そのすぐ後から明さんも入って来た。
「寝ているみたいだろ? でもな、まだ目を覚まさないんだ。声は聞こえているようだけど、大声で話さないと聞こえないみたいでね。佐々木くんも大きな声だったろ?」
「だから…………本島、敦には本島が必要なんだ。ずっと本島を思って泣いてる。俺は支えになりたいって思ってるけど、なかなか上手くいかない。早いとこ戻って来てくれないか?」
明さんが長谷くんの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「え? 何?」
「お前はもっと精神的に強くならないとあの子は支えられないな」
明さんの言葉は俺の胸にもグサッと刺さる。
「敦くんだっけ? あの子は何か悩んでるみたいだね。あの子が心から笑える様になるには君の力が必要だよ。君はあの子を救えるかな?」
少しからかうような態度だけど、明さんも心配してくれてるのが分かる。
「俺の力が必要………? たった今拒絶されたのに、ですか?」
「まだまだだな。あれは助けて欲しいの裏返しだよ。俺にはお前に助けて欲しいって縋っているように見えたけどな」
明さんも兄貴や静みたいに他人の気持ちに敏感だ。
それは大野家の人間だからっていうのもあるんだと思う。
「あの話を聞いても一緒にいたいって思ってるんだろ?」
「当たり前です! 俺が敦を嫌いになるなんて有り得ない。過去に何があっても関係ない。そりゃあ、敦を抱いてきた人達を殴りたいとは思うけど………」
「若いっていいな。敦くんにはお前の気持ちを素直にぶつければいい。下手に小細工とかすると見破られて悲しませることになりそうだからな」
長谷くんの言葉はまるで俺の言葉のようだった。
後で静と2人きりになったら、俺も素直に気持ちを伝えよう。
そう決めた。
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