313 / 489
第309話.素直に
佐々木くんの話は結構長かった。
その後兄貴と長谷くんとも話をして佐々木くんは晴れ晴れとした表情で旅館に戻って行った。
残ったのは俺1人だけ。
静の手を握り顔を見ているだけで涙が出てくる。
みんなの前では泣けなかった。
大人として人前で泣くなんてことは出来ない。
そんな固定概念が邪魔をしていた。
やっと会えた安堵、目を覚ますことを拒むほどの苦しみを思って、手の温かさ、涙が流れる理由は様々だが、ただ目の前に静がいるという事実が嬉しくて仕方がない。
みんながいなくなってから20分経った。
もう聞かれることもないかな。
素直に気持ちを言おうと決めたが、誰かに聞かれるかと思うと言葉に出来なくなってしまう。
そんなこと関係なく言いたいとも思うが、結局自分は臆病者なんだろう。
小さな恋人を愛していると公言したくても、教師という立場が邪魔をする。
「静、もう寝ちゃったよな?………起きてるのか?! 疲れてるだろうから、眠かったら寝ていいよ。俺は独り言を言うから」
静は俺の手を握り返してきた。
もう深夜になるのに、俺と一緒にいたいと思ってくれているのだろうか?
「ごめんな。助けに行けなくて。本当は探したかったし、何処にいるか知ってからは助けたかった。自分がどんな目に遭っても構わないから助けたいって思ったけど、静は俺達をそういう目に遭わせたくなくて行っただろ? それを無下にはできなかった。もちろん、大野家が怖かったっていうのもある。弱くてごめん」
謝ってばかりだな。
「静がどんな目に遭っているのかは晴臣さんや吾妻さんから聞いていた。苦しかったよな? その事について静自身がどう思っているのかは分からないけど、俺はその事で静が変わったとは思ってないよ」
戸惑っているのか手は握ったり力を抜いたりを繰り返している。
「佐々木くんがね、きっと俺に抱かれた綺麗な自分はいなくなってしまったと思ってるって言ってた。そんな事ないって言っても否定されるだけかな?」
静の頭を撫でる。
サラサラの髪の毛が手をくすぐる。
「静が自分をどう思っていてもいいよ。俺はそんな静ごと愛するから」
愛を語るのはやっぱり恥ずかしい。
でも今伝えなければならない。
「こんなに愛しいって思える人に出会えて嬉しいんだ。だから一生離したくない。俺のそばにいて欲しい。声が出なくて目も見えなくて耳もほとんど聞こえない。そんなことは些細なことだから」
顔をしっかりと見たくて、酸素マスクをほんの少しの間だけ外す。
「静がここにいる。それが全てなんだ。愛してる」
触れるだけのキスをして酸素マスクを戻した。
少し冷静になると自分の行動が恥ずかし過ぎて、いたたまれなくなる。
目を覚まさない静にキスをするなんて、まるで寝込みを襲ってるみたいだし………。
少し頭を冷やす為に離れようとしたが、今までに無いほどの強さで手を握られた。
「静? 分かった。一緒にいよう」
ぽんぽんと手を叩くと少し握る手の力が抜ける。
結局その手を離すことが出来なくて、いつの間にかそのまま眠ってしまった。
『鈴成さん、凄く嬉しかった。あの言葉信じていいんだよね?』
俺の大好きな顔で微笑む静を抱き締めた。
『もちろん。何度だって言うよ』
『嬉しい』
幸せで、ずっと続いて欲しいと願う。
目が覚めて随分と乙女な夢を見たと苦笑する。
静が笑顔を見せてくれるようになるまでには、またそれなりの時間がかかるだろう。
静を見るとスヤスヤと眠っているようにしか見えない。
春休みは短い。
4月1日には戻らなくてはならないから、1週間しかいられない。
東京に戻れれば毎週会いに行くこともできるが、ここに来ることは無理だ。
「静、一緒に東京に帰ろう。大丈夫。俺がついてるから」
寝ているであろう静を起こしたくなくて、小さな声で伝える。
この時の俺はなぜだか、夢に出てきた静と近々現実で再会出来ると確信していた。
ともだちにシェアしよう!