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第316話.おまじない
「おそらく、明日には静さんは目覚めると思います」
その言葉にみんなが驚きと困惑の表情を浮かべる。
「静起きるの? わあ! 嬉しいなぁ。おしゃべりは無理でも目を開けた姿が見られるならそれでいいや」
他人の言葉に疑問を持たない河上くんらしい発言だ。
「晴臣さん、どうしてそう言えるんですか? それと吾妻さん、さっきの誰にも言ってないことって何ですか?」
俺は河上くんほど純粋にはなれない。
疑問をそのままにもできなかった。
「風邪でもないのに熱って変ですよね? 今までは少なくとも風邪で東京には行けませんでした」
「なら、どうして静はこんな高熱を出している?」
明さんが静の頬に触る。
「同じなんです」
「何と?」
今度は兄貴が尋ねる。
「サファイアを使われた子達がその効力を失う時とです」
「でもそれは、最後に使用されてから一年後だと言ってませんでしたか? まだサファイアを外に出す薬の投与はしてないんですよね?」
本当なら嬉しいと思う。
だが、ぬか喜びに終わりそうで素直に喜べない。
「鈴成さん、そこで俺の誰にも言ってないことが出てくるんです」
「そうだよ一樹、俺も聞いてないよな?」
「あぁ、本当に誰にも言ってないからな。静さんも覚えていないと思う」
吾妻さんは振り返って静をみて、またみんなに顔を向ける。
「あの場所ではいつも俺がサファイアを扱っていたのは知ってますね? 声を奪う時におまじないをしたんです」
「おまじない?」
そこにいる全員がキョトンとする。
「その命令に効力があるかは分からなかったですが、苦しそうな静さんを見てられなかったので……」
「そのおまじないの内容って何?」
気になって仕方が無いのかソワソワした様子で河上くんが聞く。
「鈴成さん、みなさんの前で言ってもいいですか?」
急にそんなことを言われても、内容も知らないのに。
「え?! あの、この状況でダメとは言えないです」
「あー、ですよね。じゃあ、言いますね。俺が静さんにかけたおまじないは“記憶が戻って、鈴成さんと心の通い合ったキスをしたら、サファイアを使った命令の全てが消える”というものです」
ちょっと待て、こんな状態の静にキスしたことみんなにバレてしまったではないか!
そう思いながらも、吾妻さんの言葉を頭の中で反芻する。
「あれ? 記憶が戻って?」
「えぇ、恐らく記憶は戻っています。目が覚めたら目も耳も口も完璧ではないにしても機能が戻るでしょう」
本当に?
静の声をまた聞けるのか?
まだまだ先の事だと思っていたのに、嬉しい誤算だ。
それに心の通い合った、ということは愛を誓ったキスに応えてくれたことになる。
泣きたくなる程嬉しい。
「鈴先生、良かったね。僕も凄く嬉しいよ」
「ああ、目が覚める時にみんなで一緒にいてあげたいな」
「2人だけじゃなくていいんですか?」
佐々木くんに見上げられる。
「ここにいる全員、静を心配して来てるんだ。独り占めは良くないだろ?」
明さんも兄貴も本当の親の気持ちだろうし、晴臣さんも献身的に看病をしてくれてた。
吾妻さんも急いで駆けつけてくれた。
佐々木くんと河上くんと長谷くんと芹沼くんだって目を開けた姿を見たいと思っているのが伝わってくる。
早く明日になればいいのに。
まるで遠足を心待ちにしている子供のようなことを真剣に思っていた。
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