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第319話.声はまだ戻らない

高熱を出してから3日目、明後日には鈴成と生徒達は東京に戻らなくてはならない。 本来ならそこで静も一緒に東京の病院に転院する予定にしていた。 静の熱は39℃以上という高熱ではなくなったが、まだ37℃から38℃台をいったりきたりしていた。 点滴で水分補給しているが、物理的に喉が渇くのか酸素マスクの中で口を開けている時間が長い。 熱が下がれば目を覚ますと考えている晴臣と吾妻も困惑していた。 「ねぇ、静は目を覚まさないのかな?」 泣きそうな誠の声に誰もがなんと答えていいのか分からなくなる。 「おそらく、サファイアが2ヶ月半前まで使われてたというのが関係していると思うんです。それで、森さんに連絡を取ったら今日来てくれるみたいで」 「森が来てくれたら、少しは何かわかるかもしれないな。俺では思いつかなかった。晴臣、ありがとうな」 晴臣は微笑んで明を見る。 「もともと森さんとは連絡を取り合っていたので、相談しただけなんですよ」 「定期的に連絡を取ってたんですね」 「拓海さん、そんな顔して見ないで下さい………!」 ふわりと微笑む拓海の笑顔は、晴臣にとっては小悪魔にしか見えなかった。 「え? あ、ごめんなさい」 反射的に謝ってしゅんとする拓海の頭を明がくしゃりと撫でる。 「拓海さん、こいつは照れてるだけなので気にしなくていいですよ」 「一樹! 誰が照れてるって?!」 こんな賑やかな中でも鈴成はずっと静のそばにいた。 額の冷やしたタオルを交換しようとしたら、口元が動いたのが見えた。 じっと見つめるとなんと言おうとしているのかが分かる。 『鈴成さん、ごめんなさい………一緒にいたいんです』 静が言おうとしている言葉に自然と笑顔になる。 今2人きりならギュッと抱き締めるのに………。 鈴成はタオルを交換すると頭を撫でて微笑んだ。 『謝らないで。俺だって一緒にいたい。いや、静のそばにずっといるから』 みんながいる状況では言葉に出来ず、心の中で語りかける。 それと共に静はまだ声が出せないと分かり、落胆する。 だが、今までは口を動かすこともなかったのだから一歩前進だと、鈴成は自分に言い聞かせた。 「森の飛行機は午後に釧路空港に着くらしい。俺は迎えに行くが、晴臣はどうする?」 「一緒に行きます」 「じゃあ、ここは拓海に任せるよ」 「はい」 明と晴臣がいなくなっても静の病室は賑やかだった。 潤一と浩孝が病院内のコンビニに飲み物を買いに行くことになった。 「なあ、ジュン?」 「どうかしたか?」 「お前、佐々木と何かあったか?」 鋭い質問に潤一は浩孝の顔を見つめる。 「顔に出すぎ」 「すまん」 「謝ることは無いけど、2人の間の雰囲気が甘ったるいんだよな………抱いたのか?」 ストレートな物言いに潤一は思い出してしまい、顔を赤くして頷いた。 「はぁ、羨ましいな。俺なんて誠に何度も好きだって言ってるのに、お友達から昇格出来ないんだ」 「それは辛いな」 「あの子は無防備だから色々と心配になるし、変な目で見られてることにも気が付かないからなぁ」 ジュースをたくさん買って病室に戻る前に、浩孝は潤一にギュッと抱き着く。 「ったく、相変わらずどうしたらいいか分からなくなると甘えたになるのな」 「うるせぇな」 潤一は仕方ないなと苦笑して抱き締め返して頭をポンポンとしてやる。 昔からしている事で2人にとっては兄弟のじゃれ合いのようなものだ。 だから回りからどう見えていようと気にすることもなかった。 「ありがとな。これも今回で終わりにするよ。佐々木にも悪いし」 「敦には話しておけば大丈夫だと思うけど?」 「いやいや、それは恥ずかしいだろ?」 「ばーか」 「うっせー」 2人で顔を見合わせて笑う。 そんな2人を見つめる目に気がつくことはなかった。

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