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第336話.シンプル

興奮が抜けないのか静は眠れない様子だ。 容器を渡してから10分程で森さんと今泉先生と晴臣さんが病室に来た。 「鈴成くん、まずは協力ありがとう」 「いえ、あの量で大丈夫でしたか?」 そこまで多い量ではなかったので、少し不安だった。 「うん。初めに出たものが必要だっただけだから………結論から言うと、相当高い濃度だった。これでは目も覚まさないだろうね。やはりエコー検査もして、それで薬の量を決めようと思う」 「俺が何も出来ないのは分かっています。それでもそばにいることもダメですか? 手を握っているだけでいいんです」 さっき手を宙にさまよわせていた静を思い出す。 自意識過剰かもしれないが、俺を探していたのだと思う。 辛い検査になるのなら余計にそばにいたい。 「みんな同じ事を言うな。それで男性の場合は全員がやめてくれと止めるんだ。頭では分かっていても止めずにはいられないと言われた。本人達の覚悟も分かっていてな。結局全員大切な人は外に出てもらった。時間がかかればかかるほど辛くなる検査だから」 俺もそうなるだろうから外で待ってて欲しいということなんだろう。 森さんの言いたいことは分かる。 「目隠しした状態でも構いません。これは俺のエゴかもしれないけど、そばにいたいんです」 森さんが溜め息をつく。 「静は鈴成くんに付いてきてもらいたいか? 見られたらそうとう恥ずかしいと思うが、どうだ?」 静は俺の手をキュッと握る。 それを森さんは分かっているのだろうか………? 「あの………」 「鈴成くんは黙っててくれるかな?」 研究者としての森さんの顔は真剣そのもので、俺を黙らせるのは造作もないことだった。 美人なだけにその迫力も物凄い。 「静が鈴成くんにそばにいて欲しいと願うならそうするが、どうしたい?」 森さんはジーっと静の顔を見つめる。 僅かに口が動くのが見えた。 「そうか。わかった。鈴成くん、いていいよ。ただし、こちらのする事に口を出さないでくれ。出来なければすぐに追い出すから」 「その自信がないので、先程言ったように目隠しして下さい」 森さんがふふっと笑う。 「森さん?」 「セクシャルな意味以外でそう言われたのは初めてだよ」 え?! セクシャルな意味では何度も言われてるってことか? 森さんてSMとかするのかな? 想像すると女王様がピッタリだ。 『足舐めろ』とか似合い過ぎだろ! 首を振って妄想を消し去る。 「縛る訳にもいかないよなぁ」 「森、病院にはアイマスクがあるから、それを使えばいいんじゃないか?」 今泉先生の提案で、俺は縛られずにアイマスクをする事になった。 「森さん、鈴成さんが同席されるのであれば、俺も同席していいですか?」 晴臣さんが少し小さな声で森さんに話しかける。 「そうだね。エコー検査自体は雅史にしてもらうことになるけど、サポートをお願いしてもいいかな?」 「もちろんです。今泉先生、お願いします」 「こちらこそ、お願いするよ。後藤くんは優秀な看護師だよね。今後もこの病院に残る気は無い?」 「え?! あー、すみません。東京に看なければならない患者さんがたくさんいるので、静さんと一緒に東京に戻ります」 今泉先生の言葉に森さんが固まり、晴臣さんの返答にホッとしていたのは、たぶん俺しか気がつかなかっただろう。 やっぱり森さんは晴臣さんのこと本気なんだなぁ……。 恋愛は難しい。そう思っていた。 でも、最近周りの人達を見ていて少し考えが変わった。 自分の中の常識とか概念とか、そういうものが邪魔をして難しくしているだけなんだと思う。 俺は静のことが好きだ。 本当はこんなにシンプルなことなんだ。 自分の気持ちに素直になるのは歳を重ねた分だけ難しくなる。 それでも今だけは素直になりたい。 検査の為に静をストレッチャーに移して検査室に向かう間、俺はそんなことを考えていた。

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