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第338話.板挟み

鈴成さんが検査室の隣に来たのは小一時間経ってからだった。 「あの、すみません、時間がかかって」 「いや? 静の様子は?」 「ようやく寝てくれたって感じですかね」 苦笑いを浮かべる鈴成さんは隣の検査室の方に視線を向ける。 「そうしたら雅史と晴臣、静を病室に戻してくれ。晴臣はパッチテストも頼む。薬はそれ用に小分けにしたから、これな。普通は希釈するけど、原液のままだから20分でいいと思う。俺は計算に戻る」 「その計算式大変だな」 「少し見ても? 一応数学教師なので気になります」 「ああ、構わないよ」 テーブルの上は先程撮ったエコー写真が散乱し、愛用しているのかノートには数式がビッシリと書かれている。 鈴成さんはそのノートを覗き込んだ。 「後藤くん、行こうか」 「はい、そうですね」 検査室でぐったりとしている静さんをストレッチャーに移して病室に戻った。 すぐに腕の内側でパッチテストをしようと、利き手とは逆の左手を見て、自傷行為の跡を見つける。 「………っ…………」 その傷跡はくっきりと残っていてなかなか消えそうにない。 見ていられなくて結局右腕の内側に薬を塗った。 少し長めの30分経ってもなんの変化もなかった。 森さんのいる部屋に戻ると、鈴成さんと数式のことについて楽しそうに話をしていた。 鈴成さんは静さんのことを想っている。それは分かっているのに胸が痛くなる。 自分は勝手だ。森さんから何度も好きだと言われているのに何の返事もしていない。 それなのに他の人と楽しそうにしていると胸が痛くて嫌だなんて、どこの駄々っ子だよ。 もうとっくの昔に答えは出ている。 自覚もある。 でも、どうしてもそれを伝える勇気がない。 「あ、晴臣。戻ってたんだね」 「パッチテストは問題ありませんでした。でもまだなにか反応があるといけないので、静さんに付いていますね」 一緒にいるのが苦しくてすぐに静さんのところに戻ってしまった。 静さんの顔を見ていると心が落ち着く。 しばらくして病室に鈴成さんが来た。 「鈴成さん、静さんに変わりはありませんよ」 「それは良かった。寝ている時はそこまで苦しそうではないから安心出来る。それはそうと、晴臣さんは森さんに返事しないんですか? 俺が見た限りでは晴臣さんも森さんのこと………」 「鈴成さん! その後は言わないでください。俺自身が1番分かってるんです。言えない理由も含めて。もう少し自分の中でしっかりと整理をするので」 誰かに自分の気持ちを言い当てられてしまうのはひどく怖かった。 「もう少しだけ時間が欲しいんです」 「すみませんでした。俺が踏み込んでいい所では無かったですね。森さんの計算が終わったのでもうすぐ来ますよ。今泉先生も森さんの薬を使用していいように病院に申請してて、許可がおりたって言っていたので」 「謝らないで下さい」 笑おうと努力するが、きっと変な顔をしている。 こんなごちゃごちゃした心がきちんと整理出来るのだろうか………? でもその前に、静さんのことを考えよう。 静さんが目を覚ますまで待ってもらえるのだ。まだ時間はあるはずだ。 静さんには早く目を覚まして欲しい。 だけど、もっと考える時間も欲しい。 板挟みの心が悲鳴を上げていた。

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