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第341話.小さな希望
「うん、ちゃんと尿の量も増えてるね」
森は1人静のベッドの横の椅子に座る。
「明美ちゃんと実さんが亡くなったって聞いた時は本当に驚いたよ」
海外で働いていたから森はお葬式には参列できなかった。
なるべく早めに帰国したが、静は単語でしか喋れなくなり、表情も無くなっていた。
あんなに無邪気に笑う静がいなくなってしまうなんて、森は信じたくない思いで1杯になった。
勉強を教えて、まるでスポンジが水を吸うように色々なことを吸収する静は凄い人間になると確信を持てた。
「あの時の静のまま、俺の中では時が止まっている。みんなが笑う静を見ていて俺だけまだ見られていないことが、なんだか悔しいよ」
さらりと髪の毛を触る。
額に手を置くともう熱は下がっていることが分かる。
「熱下がったね」
「あの、森さん?」
「鈴成くんか。どうぞ。少しは眠れた?」
あれから3時間経っている。
「えぇ。2時間くらいですが。静の様子は?」
「熱は下がったよ。サファイアの排出が始まると尿の量が増えるんだけど、順調に増えてきているから……今のところはいいと思うよ」
「今のところというと?」
鈴成は心配そうに静を見つめる。
「サファイアの濃度がこれだけ高い子は今までいなかったからね。薬の投与は少なめにしているんだ。それでもこれだけの効果がある。急激にサファイアが減る弊害はまだ分かっていないのが実状だ」
「異物を取り除いているのに弊害があるかもしれないなんて、嫌になりますね」
鈴成が静の頬に触ると表情が柔らかくなるように見える。
「静が恋をするようになるなんて、思いもしなかった」
「どうしてです?」
「明美ちゃんと実さんが亡くなった直後の静は見ているこちらが苦しくなる程、全てを諦めていた」
「兄貴との出会いも大きかったのかな? それまでとは全く違う医者だったって言ってたから」
森はふふっと笑って鈴成を見た。
「どうしました?」
「たぶん、明が拓海のことを恋人にしたのも関係していると思うよ。明が自分の幸せを考えるようになったってことだから」
自分ことよりも他の人の幸せを優先する静のことを考えると、それが嬉しかったのかもしれない。
「静の笑顔は可愛いだろ? 早く俺も見たいが、そこまで日本に残れるか分からない。写真とかあるなら見せて欲しい」
「完璧な笑顔ではないけれど、これですかね。天使です」
鈴成は指輪をして泣きながら微笑む静の写真を森に見せる。
「綺麗だな。こんな大人っぽい表情までするようになったのか。鈴成くんと一緒にいたのは2ヶ月くらいだったよね? 恋に落ちるのは一瞬の出来事だって思い知るよ」
静の写真を見る森は明や拓海と同じで、親の顔をしている。
「静は本当にみんなから愛されてるって痛感します。辛いことなんて無かったと思わせられるように、幸せにしないといけませんね」
「気負うことはないよ。幸せかどうかを決めるのは静だからね。鈴成くんと一緒にいるだけで幸せだって思うんじゃないかな」
森の言葉に鈴成は救われる気持ちになる。
「失礼するよ。そろそろ点滴が終わるよね」
雅史は病室に入り、点滴を確認する。
「雅史、次の点滴は昼頃にする予定だ」
「夜にもするよな? 明日みんなと一緒に東京に戻れたらいいが、無理はさせられないよ………?」
「分かってる。ただ、熱は下がったから少しは希望も見えてきたかな」
雅史も静の額に手を置くと小さく頷いた。
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