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第345話.東京へ

静くんの体調は悪化することもなく、もう酸素マスクも必要なくなった。 森さんの薬の効果は絶大で危惧していた『サファイアが体内から減る弊害』も特にない。 「うん、問題ないね。東京の病院では本格的な治療に入るだろうから、頑張るんだよ」 「はい……ありがとう…ござい…ました……」 今泉先生に頭を撫でられて静くんはぺこりと頭を下げる。 立つことはかろうじて出来るが、長い距離を歩けない静くんは車椅子だ。 「地迫先生、機内では横になれるように手配済みでしたよね? なるべく横になった状態でいられるようにして下さいね」 「はい。色々とありがとうございました。東京に来ることがありましたらまたお会いしたいです」 「そうですね。ここには辛い思い出が多くて、もう来ることも無いでしょうから」 今泉先生の言葉には寂しさが滲み出ていた。 「今…泉……先生……ここは……みんなと………また一緒に……いられるって……わかった…ところ……素敵な…場所…です………」 「静くん、ありがとう」 静くんは声を出せない状態が長かったから、昔のように途切れ途切れな喋り方になっている。 これも、少しすれば元に戻るだろう。 心配なのは表情だ。 言葉では嬉しい、楽しいと言うが表情が変わらない。 黙っている時も俯いていて何かを諦めているようにも見える。 今、静くんと話すことによって心の安定が崩れて東京に戻れなくなるのは避けたくて、東京の病院に着いたらゆっくり話そうと思っている。 「今泉先生、相談がありまして」 病室の外に出る今泉先生に明さんが話しかけていた。 恐らく車に乗れない静くんをどうすればいいかを相談しているのだろう。 きっと睡眠薬を使用するのだろうが量を間違えてまた寝たきりになるのも怖いし、途中で起きてしまえばパニックになる。難しい判断になるだろう。 「拓海…さん……色々……ありが…とう……」 「何言ってるの? 僕達は親子でしょ?」 静くんを見れば今にも消えていなくなりそうで、ぎゅっと抱き締める。 何か嫌な予感がする。 静くんを1人にしてはいけないと頭の中で警告音が鳴り響いた。 飛行機は昼過ぎの便を押さえてあるので、もう少ししたら出発だ。 静くんは朝の点滴に混ぜた睡眠薬の効果でよく寝ている。 寝ていれば安心だが、なぜだか僕は静くんから離れられずにいる。 言い知れぬ不安に苛まれながら、特に何が起こるわけでもなく、飛行機は定刻通りに東京に着いた。 そのまま眠った状態で病院に到着し、入院手続きも済ませた。 それでも僕の不安は消えることはなかった。

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