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第350話.人を好きになること
明日の入学式の準備は新2年生が担当することになっている。
でも僕は力仕事は無理だからと椅子を並べるのを手伝って、敦と長谷くんとは別々寮に戻ることになった。
その途中で来夢くんに会った。
「誠先輩」
「来夢くん? どうしたの?」
来夢くんは僕を待っていたのか、僕の名前を呼んで少しホッとしているようだった。
「相談があるんです」
「え? 僕に? 敦じゃなくて?」
「ダメ、ですか?」
来夢くんは僕より少し背が小さいから見上げられてそう言われた。
「大丈夫だよ。何?」
「あの、誰にも聞かれたくなくて」
「じゃあ、こっちの散歩コースから外れたベンチに座ってでいい?」
来夢くんは頷くと僕の後に付いてきた。
なんか僕、先輩っぽいね!
2人で並んでベンチに座る。
森の中にいるように緑に囲まれて清々しい。
「あの、僕好きな人が出来たんです」
「そうなんだ! どんな人?」
顔を真っ赤にして話す来夢くんは可愛い。
「凄くカッコ良くて、サッカー部のエースなんですって。誠先輩仲がいいんですよね? この前も………」
ちょっと待って! これってヒロくんのことだよね。
「ヒロくんのこと?」
「はいヒロ先輩です。ヒロ先輩って付き合ってる人とかいるんですか?」
僕だって言っていいんだよね? いいんだよね?
「あのね、ヒロくんは僕と………」
「言わなくても、他の先輩と話しているのを聞きました。誠先輩と付き合い始めたって。でも、気持ちを伝えないと諦められないので、告白はしてもいいですか?」
「それは、来夢くんがそうしたいなら、していいと思うよ」
やっぱりヒロくんはモテるんだなぁ。
「いいんですね?」
「うん。それを止める権利は僕にはないよ」
「そうですか……」
「来夢くん?」
黙って考え込む来夢くんを覗き込むと、少し笑っているように見えた。
「誠先輩に告白しちゃダメだって言われたら、どうしようかと思ってました」
ポソッと言われた言葉と真剣な表情に、笑っているように見えたのは僕の気のせいだったんだと結論付ける。
「ええ?! そんなこと言わないよ」
「そうですか? 僕だったらダメだって言います。他の人を好きにならない保証は無いですから」
他の人を好きになる?
そんなこと考えたことも無かったけど、そうだよね。
嫌だけどいつか僕よりも好きな人が出来ることもあるかもしれないよね。
その相手が来夢くんかもしれない?!
想像しただけで胸がキューっと痛くなる。
「それは嫌だって思うよ。でもヒロくんが幸せなのが僕の幸せだから。ヒロくんの気持ちを縛り付けることは出来ないよ」
言いながら想像が膨らんで涙が出てきた。
「ちょっと、何泣いてるんですか! 誠先輩」
「ごめんね。想像したら勝手に出てきた」
ジャージの袖で涙を拭くけど、生地が荒いからちょっと痛い。
「僕、ヒロ先輩に告白します」
「……うん………」
来夢くんは晴れ晴れとした笑顔でそう言うとベンチから立ち上がった。
「戻ろうか。第2寮に送るね」
「ありがとうございます」
来夢くんを送って第1寮に戻る間、頭の中がグルグルしていた。
あれだけ可愛い来夢くんの告白をヒロくんは断ってくれるかな。
断ったとしてその1回だけで来夢くんは諦めてくれる?
中学の時来夢くんは『諦めの悪さは天下一品』とか言われてたよね。
何度も何度も可愛い子に告白されたら、ヒロくんの気持ち変わっちゃうかな………?
嫌
ヒロくんの未来は僕のもので僕の未来はヒロくんのものだもん。
本当は今からでも告白しないでって言いたい。
でも言えない。ヒロくんのこと信じてるから!
そうだよ。僕が信じなきゃダメなの!
来夢くんに相談されたことは誰にも言わない。
人を好きになるって楽しいだけじゃないんだね。
こんなに苦しくなるなんて思ってなかった。
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