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第360話.逆らえない

ランチプレートはいつも通り美味しい。 でも誰かと一緒に食べるともっと美味しく感じるなんて、今まで知らなかった。 食べ終わると誠先輩はヒロ先輩に電話をかけに1度外に出て、すぐに戻ってきた。 「誠先輩?」 「ヒロくんとは明日お出かけすることにしたよ」 「あの、その前に謝りたいです。あんなバカなことして、誠先輩を傷付けて………ほんと最低」 僕は焦ってた。どうしても恋をしてみたいって思ってたから……… 「ヒロくんのこと好きになったんでしょ?」 「……分かりません。ただ、カッコイイなって思って、恋がしてみたかったんです」 「してみたい?」 「はい。有栖川の家で僕は認められて無くて、お父様もお母様も後継者は弟だって。でも、長男は僕だから体裁もあって……許嫁がいるんです。良家のご子息で……半年に1度はお会いしてるけど、好きになるのは無理な位、自分本位な人で」 有栖川の家は普通の家よりは大きい。 何度もお父様にもお母様にも嫌だって伝えたけど、そんな我儘は許されなかった。 「家から離れたくて全寮制の高校を選びました。高校生の間だけでも恋がしてみたくて………」 「嫌だって言ったの?」 「何度も言いましたけど、お父様の決定は絶対で逆らう事は許されないんです。あまりに嫌だって言うからって、高校を卒業したらその人と同棲することも決まってて、結婚出来る年齢になったら即結婚しろって言われてるから……」 誰かにこの事を話すのは初めてで、悲しくなってきて涙がこみあがってくる。 「そうか、どこかで見たことがある気がしたが、君、善三(ぜんぞう)さんの所の来夢くんだったんだね」 明さんの言葉に驚いて涙が引っ込んだ。 「え?! お父様を知っているんですか?」 「ちゃんと自己紹介するか。俺は大野明、大野家の当主を継いだ者だよ」 「ええええ??? あの、大野家の?!」 大野家にも許嫁の打診をしたって言ってたけど………こんなイケメンだったんだ。 「そ。許嫁の打診がきて、ショタコンじゃないので無理だって断ったけどな。許嫁ってどこの誰か聞いてもいいかな?」 お父様はどんどん話を進めたいから触れ回っているし、いいかな。 「西園寺( さいおんじ)家の(やすし)さんです」 「え? 靖ってあの? 俺より年上だよな………今年45か? 30も上であの人じゃ………嫌なのも分かるよ」 「でも、もう、決定事項なので。僕が腹を括るしか無いんです。だからこそ、1度だけでいいから恋がしてみたい。その思い出があればどんな事も乗り越えられる気がするんです」 今まで学校以外はずっと家に閉じ込められていて、幼馴染とも小学校に上がってからは遊ぶことも許されなかった。 好きでもない許嫁に嫌われることの無いように、家庭教師に勉強を教わって、料理家に和食、洋食、中華全てを叩き込まれて、掃除や洗濯も家のメイド達から教えて貰った。 今では主夫が天職かもしれないと思うくらい家のことは何でもできるようになった。 「でも、恋をしたら別れはそうとう辛いものになると思いますよ……?」 晴臣さんの言うことも分かる。 「それでも、好きな人がいたことがないまま靖さんの所には行きたくなくて」 とうとう堪え切れなくなった涙が溢れる。 「変なことを聞いてもいいかな?」 明さんは僕の涙を指で拭って優しく聞いてきた。 「何、ですか?」 「身体の関係は、まだだよね?」 「え? あのっ……まだです………でも、高校生になったら、準備を、始めようって、言われてて………」 普通に恋ができるような家庭に生まれてきたかった。 なんで有栖川の家に生まれてきてしまったんだろう。 何度も何度も思ってきたことをまた思う。 「僕は元々捨て子だから、家のことはよく分からないけど、来夢くんから家を捨てるって選択はないの?」 誠先輩が言うように自分から家を出ることも何度も考えた。 考えた結果、僕には有栖川の家を捨てることは出来なかった。 「…捨てられません。あんなんでも僕のことを考えてくれてるのは分かっているので………」 「こんなに苦しんでる事を分かってないのに?」 「それでもっ! 家族だから………」 今まで僕の世界には家族しかいなかった。というより家族しか認識させて貰えなかった。 誠先輩は家族以外で初めて僕の世界に現れた人で、これからも大切にしたい。 さっきもお店で友達だって言われてすごく嬉しかった。 その事を思い出すのと同時に店長さんのことも思い出してしまった。

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