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第361話.怖いおもい
ぶるっ
思い出しただけで身震いをしてしまう。
「来夢くん?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと嫌なことを思い出して」
誠先輩の心配そうな顔に申し訳なくなる。
「誠先輩に友達だって言われて凄く嬉しかったんです。でも、それがあのお店で、あの人に会ったことを思い出してしまって………」
「あの人ってマキノさん?」
名前を聞くだけで体がビクッとしてしまう。
「初めてあのお店に行った時に対応してもらって、センスもいいし話して楽しかったんです。でも、3回目位からおかしくなってきて………」
「何があったの?」
「着替えてる最中に試着室に入って来て、体を触られたり、服を選んでる時に後ろから近付いてきてお尻を触られたり………。今着ているブランドのお店の前で待たれたり」
先輩は仲良くしてるから僕の話なんて信用してもらえないよね。
「来夢くん、ごめんね。今日はあのお店に行かない方が良かったね」
「僕から行こうって言ったんですよ?」
「それでも。行きたくないって来夢くんの気持ちに気付かなかった僕がいけないの」
「そんなことないです!」
誠先輩がいけないなんてありえない。
「服は可愛いから好きなので、本当は行きたいけど、怖くて。何度か店長さん以外の人に話しかけて対応してもらったけど、それもいつの間にか店長さんに代わってて。いつもはオネエみたいなしゃべり方してるのに、僕と2人だけになると命令口調というか、威圧的で………」
いつか無理矢理なにかされるんじゃないかって、それが一番怖い。
「今日より前の最後に会った時に俺のモノになれって言われて……無理だって言ったけど………諦めないって」
両親から許嫁が決まった時から性的な初めては全て靖さんに捧げるようにって言われ続けてる。
もし店長さんに襲われて無理矢理なんてことになったら、お父様に折檻されるだけじゃ済まないと思う。
「マキノさんがそんなことを………僕もあのお店に行くのやめようかなぁ」
「え?! 誠先輩、あのお店の服すごく似合ってるし店長さんに変なことされてる訳じゃないですよね?」
「うん。でも来夢くんにそんな辛い思いさせてるなんて許せないの。それに他にも気になってるお店だってあるし、この後来夢くんの行きたいお店も楽しみなの」
誠先輩は優しい。
店長さんのことも自分のことのように怒ってくれているし、目が合うとニコッと笑う顔に僕も自然と笑顔になる。
「お話してるところごめんね。食後のデザートと飲み物はサービスさせてもらいます。飲み物はどうされます?」
「俺はいつもの」
「はいはい。ホットコーヒーね」
「俺もホットコーヒーで」
「明さんは苦味がしっかりしてるのが好みでしたよね? お勧めの豆が入ったので、そちらを淹れますね。来夢くんは紅茶だね? ホットにする? アイスにする?」
「ホットでお願いします」
「僕は来夢くんと同じのでお願いします。あの、4人分もサービスしちゃって大丈夫なの?」
いつだって誠先輩は周りの人達の心配をしてる。
僕も同じくらい人に優しくなれたらいいのに。
「心配いらないよ。デザートは試作品で意見が聞きたいんだって」
「吾妻さん。そうなんだ! 僕甘いもの大好きだから、何個でも食べられるよ」
「試作品は3種類あるので全て持ってきますね」
「へへへ。やったね!」
デザートもどれも美味しかった。雨音さんの作るものはいつでも心が温かくなる。
お母様は料理をしないから、親の作った料理で何が好きかっていう話にはいつも入れない。
家の料理をしている人はどこぞのレストランで修行したとか言ってるけど、雨音さんの作ったものの方が美味しいって感じる。
お手洗いを借りて鏡の中の自分と見つめ合う。
靖さんのことと店長さんのことを話して少しだけスッキリしたように見える。
靖さんのことについては、このままお父様とお母様の言いなりでいいのかっていう疑問もある。
好きでもない人に自分の全てを捧げるなんて、それが僕の人生なんて………悲しい。
だけど、逆らうだけの勇気が僕にはない。
僕の人生を揺るがすような出会いがこの後待っているなんて、この時の僕は思いもしていなかった。
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