366 / 489

第362話.計画

「明さん、何を考えてます?」 誠さんと来夢さんが楽しそうに買い物をしている姿をお店の外から眺めながら、明さんに話しかけた。 「恐らく晴臣と同じ事、だろうな」 「西園寺靖さんの事ですね?」 静さんの父親である実さんの秘書兼ボディガードをしていた頃から、いい噂など1度も聞いたことのない人だ。 「ああ、あんな奴にあの子の未来を託すなんて、善三さんは一体何を考えているんだ」 西園寺家は昔からの名家という訳では無い。靖さんのお父様の(まさる)さんが1代で築き上げた、いわゆる成り上がりだ。 靖さんはそこにあぐらをかいているだけの存在で、当主を継いだといってもその裁量はないに等しい。 「潰すおつもりですか?」 「静のことがあってまだ記者会見を開いて無い事が功を奏したよ。大野家を壊す前ならまだやりようがある。あの子達には何も伝えずに動くよ」 「お手伝いできることはしますので言ってください」 「お願いするかもしれないが、誰にも気付かれずに動いて欲しい」 「分かりました」 やはり誰かの下で働くというのは、自分にとってはとても落ち着くし、やり甲斐を感じる。 「さり気なく次に靖さんに会う日が何時なのか聞けるといいのだが………」 「そういうことは任せて下さい」 お店の中にまた視線を向けると、中から誠さんに手を振られた。 軽く手を上げるとぱあっと笑顔になる。 今お2人が買い物をしているお店は女性ものしか置いていない所のようだ。 そんな中でもお2人はどの子よりも可愛く、試着した服も似合っている。 よく考えてみれば確かに女性がスカートもズボンも履きこなすのに、男性がスカートを履くのはおかしいと思うこと自体がナンセンスなのだろう。 自分は絶対にスカートを履くことは無いと思うが、似合っているのなら履くのは自由だ。 それでも誠さんはスカートを履くことに抵抗があるようで、トップスだけを探しているようだ。 それに相反して来夢さんは清楚なオフホワイトのワンピースに麦わら帽子をかぶり、試着室から出てきた。 あの格好でいたら、美少女だとしか思われないだろう。 2人がお店から出てきたのは小一時間経ってからだった。 「お待たせ」 「いいお買い物は出来ましたか?」 「女の子の服って可愛くて着心地が凄くいいんだよ!」 誠さんは嬉しそうに報告してきた。 「喉が渇いちゃったな。今度は僕がよく行くカフェに行こうよ」 「はい。行きたいです」 「来夢くん、敬語じゃなくていいよ?」 「先輩ですから。そこはきっちりしないと」 「そうなの? んー………分かった」 本当に可愛い! 今まで自覚してなかったが、俺は相当な可愛もの好きだったんだな。 「ここだよ!」 「ここ。来てみたかったんです! でも1人だと入りずらくて」 「え?! ここ、ですか?」 「…………………」 明さんは言葉もなくお店を見つめている。 昔から子供に人気のサン●オが母体にあるカフェ。 渋々2人に付いて入るとメルヘンの世界が広がっている。 小さい子供でいっぱいかと思いきや、店内は高校生以上で俺よりも年上の人までいる様子だ。 ただ、可愛い2人にイケメンの明さんと平凡な俺の組み合わせは目立つようで注目を浴びてしまった。 気にしないようにしよう。 席に通されてメニュー票を見ても、キラキラしていて何が書いてあるのかを理解するのに時間がかかる。 「お決まりですか?」 メイド服のような制服を着た従業員さんがテーブルに来た。 「アイスコーヒーをブラックで」 「おれはアイスカフェオレを」 「僕は……」 「いつものセットにされますか? 飲み物はクリームソーダでしたよね?」 「ふふふ。それはこっちの来夢くんに! 僕は今日はこっちのセットにするの。飲み物はクリームソーダね」 「かしこまりました」 相当な常連なのだろうか。 従業員さんは誠さんが注文をする前に、注文の確認をしていた。 「そういえば、まだ先のことですがおふたりは夏休みの予定とかあるんですか?」 「静の目が覚めたらみんなで旅行とか行きたいなぁ、もちろん来夢くんも一緒だよ!」 「あ……そうしたいですが、夏休みは靖さんの所に行く決まりになっているので。特に今年は高校にあがったということもあって、初日から最終日まで離してもらえないと思います」 『でも、高校生になったら、準備を、始めようって、言われてて………』 そう言っていたことを思い出した。 夏休みに靖さんの所に行く、ということはこの子にとっては人生の希望が無くなることを意味しているのだろう。 「ごめんね、変なこと聞いて」 「いえ。家の事情ですから」 「ねぇ、行きたくないのなら行かなくても良いんじゃないかな?」 来夢さんは力なく首を横に振ってから俯いた。 「そういう訳にはいきません」 「お待たせしました〜!」 しんみりした空気を壊すように従業員さんがやってきた。 「嫌なことも忘れられるパンケーキです。楽しんでね」 目の前に置かれた可愛らしいパンケーキに来夢さんは自然と笑顔になった。 「はい」 「こちらはフルーツたっぷりパフェです」 「わぁー! ありがとう、お姉さん」 誠さんの満面の笑顔に暗くなった雰囲気は一掃され、キラキラした店内はさらにキラキラし始めた。 どうやら靖さんの件は夏休み前までにカタをつけなければならないらしい。 明さんの計画が実行に移されてそれぞれの運命の歯車が回り始めるのは、もう少し先の話である。

ともだちにシェアしよう!