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第371話.有栖川家

ここ最近の日曜日は先輩達と過ごしていた。 でも今日は用事があると言われてしまった。 お父様からの呼び出しもあったから丁度いいのだけど、本当は家になんて帰りたくない。 また靖さんのことを色々と言われるのかと思うとそれだけで気が重い。 朝のうちに家に戻って、出来ればお昼前には出て行きたいけど、そんなに上手くいくだろうか………。 お昼はいつもの喫茶店でゆっくりしたいんだけどな。 いつも出かける時は女の子みたいな服を着るのが好きだ。でも家に帰る時はひと目で男だと分かるような格好をすることにした。 そうしないとお父様は服のことだけで1時間は文句を言い続けるから。 だから今日は黒の長ズボンに白のYシャツを合わせた。 長ズボンなんてこの1本しか持っていない。 Yシャツも家に帰る時用に買ったもので、まだ1度も着てない。 そんな服を着て寮を出る。守衛さんに生徒手帳を見せて名前を書くとそのまま家へと向かった。 バスに乗って、電車に乗って家のある最寄りの駅に着くまでにこの前お会いした鈴先生のお兄さんと話したことを思い出した。 「少しだけお話できるかな?」 「え? あ、はい。大丈夫です」 ふわりと微笑むその人は何もかもを包み込んでくれる優しさで溢れていた。 「2人だけで話したいんだ。敦くん、何かあったらすぐに連絡してね」 「分かりました。ほら、先に静のところに戻るよ」 「え? うん。分かった。来夢くん、後でね。待ってるから」 「はい」 先輩達とハル先生がいなくなって、鈴先生のお兄さんと2人だけになる。 「ごめんね。いきなり2人だけなんて緊張しちゃうかな? 僕のことは拓海って呼んでいいよ」 「じゃあ拓海さんで………あのお話って?」 「来夢くんって呼んでもいい?」 頷くとまたふわって笑う。 「来夢くんのご両親のこと、明さんと敦くんから少し聞いたよ。あ、明さんと僕はお付き合いしてるんだ」 「お父様とお母様のこと……ですか?」 「うん。西園寺さんとのことも、ね」 出てくるとは思わなかった人物の名前を聞いて体がビクッとしてしまった。 「嫌なんだよね? 何度もご両親にもその事は言ったって聞いたけど」 「僕の意見は通りません。お父様の決定が全てなので」 「どうして嫌なのか詳しく教えてくれるかな?」 「靖さんは……尊敬出来ない人だから。高校生になったらエッチなこととかするって初めて会った時に言われたんです。初めて会ったのは3年前で、まだ中学1年で………。その時から会うと必ず体を触られてて。それが気持ち悪くて仕方が無いんです」 「触られる以外に何かされてない? 例えばキスとか」 されてないから首を横に振った。 「されそうには何度もなってますが、されてないです。それも含めて今年の夏休みは西園寺家の別荘で2人だけで過ごすことが決まっていて………嫌だけどっ……何もかも奪われることになります」 嫌だと何度言っても、その声は届かないから自分が覚悟を決める以外に出来ることがない。 ある時から抵抗することも諦めてしまった。 「ただ嫌だって言ってもご両親も聞いてくれないだろうから、今みたいにこういう理由で嫌だってもう一度言ってみたらどうかな? 子供の幸せを考えない親はいないと思うよ」 拓海さんは優しい。でも間違ってる。 お父様もお母様も大切なのは『有栖川家』で、家を残すのに必要なお金を持っている人が必要なんだ。 でも、もしかしたら僕の話を聞いてくれるかもしれない。 そう思ったからお父様に言う言葉を考えてみた。 最寄りの駅に着いて電車を降りる。 ここからは歩いて10分だ。 久々に見る家は何だか他人の家の様に見える。 中に入ると僕が小さい頃からいる執事が寄ってきた。 「来夢さま、お帰りなさいませ。旦那様も奥様も応接室でお待ちですよ」 「寺井さん、ただいま。お父様の部屋ではなくて応接室ですか?」 「先程大切なお客様がいらっしゃることになられたようで」 「じゃあ、すぐに開放されるね」 嬉しくて笑顔になってしまった。 「来夢、帰ってたのか?」 「黎渡(らいと)、ただいま。たぶんまたすぐに出て行くけどね」 「泊まらないのか?」 「お父様に呼ばれて来ただけだから」 相変わらず双子の弟の黎渡は背が高くてカッコよくて、お父様の理想の息子そのものだ。 昔は可愛がられるのは黎渡ばかりで羨ましかったけど、今となってはお父様の期待に応えるのは大変なことだから、黎渡が可哀想だなんて思ってる。 「あの変態オヤジとの婚約は解消しないのか?」 「お父様が1度決めたことを覆すと思ってるの?」 「何度も言わせるな。俺のものになれよ。そうしたら………」 「黎渡こそ、何度も言わせないで! 僕達は双子なんだよ? そんなの無理に決まってるし、僕は誰のものにもならないよ。靖さんにも心は捧げるつもりないから」 心まで捧げたいと思える人に出会いたかったな。 「来夢……」 「お父様の所に行かないといけないから。またね、黎渡」 引きつっていたかもしれないが、黎渡に笑いかけてから応接室へ向かった。

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